第2回 「戦略目標」の考え方(恋から始める環境分析とポジショニング)

前回は、受験勉強の「計画」と「戦略」を比べて、戦略が“特別な人の仕事”ではなく、制約の中で勝ち筋に寄せる「選び方」だ、という話をしました。今回はその続きとして、「じゃあ戦略って、どうやって作るの?」の入口——戦略目標(=どこに向かうか)の決め方に入ります。

ここで、いきなり知財っぽい言葉を並べるとアレルギーが復活しがちなので、身近な例をもう一つ。「恋」でいきましょう。

目次

恋をしたことがあるか?―人は最も戦略的になれる

恋って、妙に戦略的になりますよね。服装を選び、会話のネタを仕込み、返信のタイミングを悩み、友人に相談し、時に反省会まで開く。あれ、ほぼ“戦略会議”です。

そして恋が厄介なのは、妄想や心配だけしていても前に進まない点です。「嫌われたらどうしよう」「失敗したら終わりだ」…とモジモジしても、相手の気持ちは変わらない。受験と同じで、“動きながら学ぶ”が本質です。

この「恋」を、知財戦略のプロセスに置き換えると、最初の壁はここになります。

  • 相手(顧客・競合・パートナー)を知らずに動くと外す
  • 自分(自社の強み・制約)を知らずに動くと続かない
  • 目的(何が欲しいのか)が曖昧だと、行動がブレる

つまり、戦略目標を決める前に必要なのは、カッコいいスローガンではなく、環境を俯瞰して「勝てる方向」を定めることです。

「目的」と「戦略目標」と「計画」を分ける

まず用語を整理します。知財部門で混線しやすいので、ここは丁寧に。

  • 目的(Why):何を守りたい/何を取りに行きたい?
    例:参入障壁を作りたい、交渉材料が欲しい、ライセンスで収益化したい、訴訟耐性を高めたい、共同開発を前に進めたい…
  • 戦略目標(What):目的に向けて、どんな状態を作る?(方向と到達点)
    例:「競合Aの回避設計を潰せる中核特許群を、主要国で3ファミリー確保する」
  • 計画(How):誰が、いつまでに、何をやる?(案件処理・体制・スケジュール)
    例:発明発掘会を月2回、先行技術調査は重要案件を深掘り、分割方針は四半期レビュー…など

恋で言えば、
目的=「関係を進めたい」
戦略目標=「次のデートにつながる状態を作る」
計画=「店を予約して、当日の段取りを詰める」
みたいなイメージです。

知財でありがちなのは、計画(出願件数・期限・処理フロー)ばかり先に決めて、戦略目標(どういう状態を作りたいか)が後回しになること。忙しいのに効かない、の典型パターンです。

戦略目標の前にやること:環境分析(恋なら“相手を知る”)

恋でいちばんの事故は、「相手の好みを知らずに突撃する」ことです。

お洒落なイタリアンを予約したのに、相手は実は「気取らない焼き鳥とハイボールが好き」だった。こちらは“良かれ”で動いたのに、相手の価値観に刺さらない。これ、知財でも同じです。

  • こちらが「広い権利」を狙っても、競合は別ルートで回避してくる
  • こちらが「主要国に厚く」張っても、市場は別地域に移っている
  • こちらが「出願数」を積んでも、事業の論点は交渉材料(FTO・契約)だった

じゃあどう調べるか。恋の環境分析は、だいたい次の3つです。

  1. 相手(顧客・競合)の観察
  • 何に時間を使っている?(どんな機能・性能に執着している?)
  • 何を嫌がる?(避けたいリスク、炎上ポイント、コスト構造)
  • 将来どうなりたい?(ロードマップ、投資領域、提携先)
  1. 自分(自社)の棚卸し
  • 自社の強みはどこにある?(技術だけでなく、製造・データ・供給網・ブランドも)
  • 制約は何?(人・予算・スピード、他部署の協力度)
  • “守るべき核”は何?(真似されたら痛いところ)
  1. 周辺(市場構造)の理解
    ここで出てくるのが、ポジショニングの話です。
    マーケティングではSTP(セグメント→ターゲット→ポジショニング)と言いますが、知財でも要点は同じで、「誰に対して、どこで、どう勝つか」を決める作業です。

さらに一段俯瞰すると、SCP(Structure–Conduct–Performance:市場構造→行動→結果)という考え方も使えます。難しく聞こえますが、要はこうです。

  • Structure(構造):参入障壁は高い?プレイヤーは少ない?代替技術は?顧客の力は強い?
  • Conduct(行動):競合は価格で殴る?提携で囲う?特許で牽制する?標準化に動く?
  • Performance(結果):利益が出る市場か?勝ちが固定されるか?覇者が総取りか?

恋で言えば、「その人は何を大事にするタイプで(構造)」「どんな行動を取ると喜ばれて(行動)」「結果として関係が進むか(結果)」を見立てる感じです。

ここはAIに相談するのも手です。たとえば「相手の興味関心を知る質問例を作って」「会話の地雷を避ける言い回し」など、一般論の整理は得意です(ただし、個人情報を過度に突っ込まないのは大前提)。

戦略目標を作る:攻め所を“一つ”決める

環境が見えてきたら、次は「攻め所」を決めます。恋でも「全部盛り」だと不自然です。ユーモアも、誠実さも、知性も、経済力も…全部を一晩で見せようとすると、だいたい空回りします。

知財でも同じで、戦略目標はまず一点突破が効きます。たとえば目的が「参入障壁」の構築だとしても、狙い方は複数あります。

  • コア技術の“実施必須点”を押さえる(回避しにくい)
  • 競合の“逃げ道”を塞ぐ(周辺封鎖)
  • 製造・検査・校正など“裏側”を押さえる(見落とされがち)
  • データ・学習・運用の“継続優位”に寄せる(権利+ノウハウ)

ここで戦略目標を、1行で言える形に落とします。おすすめは次の型です。

「誰に対して(相手)、何を(状態)、いつまでに(期限)、どの範囲で(国・領域)、どう測る(指標)」

例)

  • 「競合Aの回避設計を困難にする請求項を中核に、主要3国で3ファミリーを12か月で形成する」
  • 「次期製品Bの交渉材料として、必須部材のサプライチェーン起点の特許・ノウハウをセットで整備する」
  • 「訴訟耐性を上げるため、無効化されにくい実施例厚めのコア特許群に出願予算の7割を寄せる」
相手状態期限国・領域指標
1:参入障壁(競合の回避設計を潰す)競合A(新製品Xで参入予定)製品Xの中核機能Fについて、競合Aが取り得る主要な回避設計パターン(例:方式変更・工程変更・パラメータ変更)を少なくとも3パターンカバーする請求項群を、中核3ファミリーとして確立し、継続出願で周辺封鎖の拡張余地も残す12か月以内(例:2026/12末)JP/US/EP(必要ならCNを追加)/技術領域F①中核3ファミリーの成立(出願→権利化見込み)②回避設計3パターンのカバレッジ達成(請求項マトリクスで○)③主要国でのクレーム範囲の同等性(クレーム対応表)
2:交渉材料(共同開発・取引条件を有利に)取引先/共同開発先B(契約交渉の相手)、および代替供給元候補次期製品Bにおける必須部材・必須工程(例:部材Yの加工・検査・校正)について、「相手に依存しない選択肢」を確保できる状態を作る(=自社が主導権を持って契約できる)。具体的には、部材Yの供給/製造/検査の要所を押さえる権利+秘匿+契約条項のセットを整備し、交渉時に提示できる材料を準備する量産契約締結の3か月前(例:2027/3末)対象製品Bのサプライチェーン領域(製造・検査・校正)/主要生産国・販売国(JP/US、必要に応じてEU)①交渉で提示可能な「材料パッケージ」整備(特許○件+秘匿項目○件+契約条項ドラフト)②依存度指標(単一供給リスク)を現状比▲○%③交渉論点ごとの“使えるカード”数(価格/独占/改良帰属など)
3:訴訟耐性(無効化されにくい核を作る)競合各社・NPE・将来の無効審判請求人(攻撃者一般)コア技術Cについて、無効化されにくく、実施に紐づいた強い特許群を形成する(実施例厚め+効果データ+代替実施態様)。さらに、重要クレームは分割等でバックアップを用意し、権利行使・牽制に耐える状態を作る製品Cの市場投入まで(例:ローンチの6か月前=2026/9末)JP/US/EP(権利行使・牽制を想定する国)/技術領域C①重要クレームの“無効理由耐性チェック”合格(新規性・進歩性・サポート・明確性のリスク評価でA判定)②実施例・データの充実度(効果データ○点、実施態様○個)③バックアップ構造(分割・継続で主要クレームの代替案○本)

ポイントは、件数ではなく「状態」で語ること。件数は手段であって、目的地ではありません。

実行して外したら?―PDCA/OODA/アジャイルで回す

恋の良いところは、外しても次があることです(たぶん)。一回のデートで完璧を目指すより、反応を見て修正する方がうまくいきます。

知財戦略も同じで、目標を立てたら“当てにいく”より“回して当てる”が現実的です。

  • PDCA:四半期ごとにレビューし、目標と施策を整える(定例運用に強い)
  • OODA:現場の状況変化(競合の出願、規制、顧客要求)に応じて、その場で意思決定(スピード重視)
  • アジャイル:回数を増やして小さく検証し、学びを積む(不確実性が高い領域に強い)

恋で言えば、「次はこうしよう」と反省会をするのがPDCA、場の空気を見て話題を切り替えるのがOODA、短いサイクルで会ってお互いを知るのがアジャイル、という感じです。

戦略目標は“固定するもの”ではなく、環境と学びに合わせて更新していくもの。ここまで含めて「戦略策定プロセス」です。

まとめ:戦略目標は「会社の恋の進め方」を決めること

戦略目標の要点は、次の一文に集約できます。

目的(守りたい/取りに行きたい)を明確にし、環境を俯瞰し、攻め所を一点に絞って、測れる形で言語化する。

最後に、知財部門の中堅担当者向けの“今日から使える問い”を置いておきます。

  1. いまの案件(テーマ)の目的は、参入障壁?交渉?収益化?訴訟耐性?
  2. その目的に対して、顧客・競合・市場構造はどう動いている?(変化点はどこ?)
  3. 攻め所はどこに一点突破する?(コア必須点/逃げ道封鎖/裏側/データ・運用…)
  4. その目標は1行で言える?「誰に・何を・いつまでに・どう測る」になっている?
  5. 外したとき、どう回す?(PDCA/OODA/アジャイルのどれで運用する?)

そして最後の問い。「あなたの会社は?」
今、何を守り、何を取りに行き、誰に対して、どこで勝とうとしているでしょうか。

次回は、この戦略目標を“知財の施策(権利化・秘匿・契約・調査・ウォッチ)”に落とし込むところまで進めます。

小嶋 輝人

大手電機メーカーの知的財産本部でおよそ22年間、同社の出願・権利化・ライセンス活動と、組織運営・改革に従事。特許技術部の部長として、知財戦略活動を統括した。退職後、知財戦略ラボラトリーを起ち上げ、知財戦略の研究と企業へのアドバイスを行なっている。

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