元シンガーソングライター弁理士が語る、「即独立」を選んだ理由とは?

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イントロダクション

こんにちは、知財若手の会代表の藤原です。

この連載では、知財業界で働く若手にインタビューを行い、彼らが直面した「キャリアの分岐点における意思決定」について、ケーススタディとしてお届けします。

今回のゲストは、商標・著作権専門の事務所を経営する 岡崎 真洋さんです。

岡崎さんは、10代でシンガーソングライターとして活動し、その後、接客業、会計・経理の仕事を経て弁理士になったという異色の経歴の持ち主です。

岡崎さんのキャリアにおける最大の特徴。それは、多くの弁理士が選ぶ「弁理士事務所での下積み(修行)」を経ずに、資格取得後すぐに独立開業したという点です。

通常であれば「無謀」とも言われる「実務未経験での即独立」。なぜ岡崎さんはあえてその道を選んだのか。

そこには、元シンガーソングライターとしての強い原体験と想い、そして、感情だけではなく、生き残るために緻密に組み立てられた冷静な戦略がありました。

「資格=安定」ではなく「資格=挑戦の切符」と捉える、岡崎さんの生存戦略に迫ります。

この記事のポイント

  • ターゲット: 自分のやりたいことと、既定のキャリアパスのズレに悩む人
  • 転機の論点: 「事務所での修行(経験の蓄積)」vs「即独立(パイオニアへの挑戦)」
  • 学べること: 未経験領域で戦うための「捨てる勇気」と「強みの掛け算」

この記事はこんな人におすすめ

  • 弁理士資格取得後のキャリア(事務所就職か、独立か)に悩んでいる人
  • 音楽・会計・ITなど、異業種(音楽・会計等)から知財業界への参入を考えている人
  • 「安定を取るべきか」「挑戦すべきか」という選択に迷っている若手・これからの世代

キャリアの全体像:岡崎さんの歩み

まずは、岡崎さんのこれまでのキャリアを時系列で振り返ります。

音楽の世界からバックオフィス業務、そして知財の専門家へ。一見バラバラに見える経歴ですが、現在の「クリエイター・中小企業支援」という軸で全てが繋がっています。

時期所属・状況キャリアの動き
10代音楽活動シンガーソングライター。ギターや歌に打ち込み、クリエイターの世界に身を置く。
20代前半接客・会計職音楽活動を経て接客業・営業へ。その後、個人事業として、中小企業の経理・バックオフィス業務を支える。
24歳弁理士試験合格働きながら勉強を続け、弁理士試験に合格。そのまま独立し、自身の事務所を設立。
現在弁理士事務所経営商標と著作権を専門とし、スタートアップやクリエイター、アーティストの支援を行う。

深掘り:「事務所就職」か「即独立」か。合格後の意思決定

キャリアの分岐点:理想と現実のギャップ

弁理士試験に合格した直後、岡崎さんは大きな岐路に立たされました。

「弁理士事務所に就職して修行するか、それともいきなり独立するか」という合格者であれば誰もが一度は直面する選択です。

弁理士業界のセオリーでは、合格後すぐに独立するケースは少数派です。

多くの場合、まずは弁理士事務所に所属し、先輩弁理士の下で数年間、実務を一通り経験することが「王道」とされています。岡崎さんも当初は、「まずは3年くらい事務所に勤めよう」と考えていました。

しかし、就職活動を視野に入れて業界を見渡した時、岡崎さんの中に次第に違和感が芽生えます。

世の中の多くの事務所は、技術を守る「特許明細書の作成」や、「商標の出願」がメイン業務です。一方で、岡崎さんがやりたかったのは、かつて音楽活動をしていた自分自身の原体験にも根ざした、「アーティストやクリエイターを支援する仕事(著作権・商標)」でした。

「もし自分が事務所に入ったら、毎日向き合うのは特許明細書や企業案件が中心になる。でも、自分が将来やりたい仕事は、そこから自然に延長されるのだろうか?」

そう考えたとき、次第にある構図が浮かび上がってきました。

「自分が目指す方向性(クリエイター支援)と、修行先で得られる経験(特許・商標の典型的な実務)が、必ずしも噛み合っていないのではないか。」

このズレに気づいた時、岡崎さんは天秤にかけました。

天秤にかけたもの

A:事務所就職
  • メリット: 業界内で通用する「実務経験」を着実に積める。「事務所で修行した弁理士」という肩書きがもたらす安心感。先輩や上司から学べる環境、一定の収入の安定。
  • デメリット:自分が本当にやりたい分野からは距離がある。数年後に独立したとしても、「既存の弁理士像」の延長線に留まる可能性。他人の価値観ややり方に染まってしまうリスク。
B:即独立
  • メリット: 実務経験は乏しくても、自分が目指す分野に最初からフルコミットできる。クリエイター支援という、当時まだ確立されきっていなかった領域で「業界のパイオニア」になれる可能性。他人のやり方に縛られず、自分の言葉と思想で仕事を設計できる。
  • デメリット:実務未経験という不安。収入の不安定さ。失敗したときのリカバリーが簡単ではない。

結論:「経験を積んで染まるより、未経験でも理想の旗を掲げる」

最終的に岡崎さんが下した結論は、王道とは逆の選択でした。

岡崎さんは、「どこかの事務所で経験を積んだ弁理士」というキャリアパスよりも、「業界のパイオニアになれるかどうか」を優先し、即独立を決断しました。

岡崎さん

既存のレールに乗って経験を積むよりも、一発目から自分のやりたいことで勝負に出た方が、結果的に自分の価値が出ると判断しました。

もっとも、即独立には大きなリスクがあるため、万人に勧められる選択ではありません。岡崎さんの場合は、バックオフィス業務で中小企業を支援していた経験や、すでに相談関係にあった顧客基盤が少しだけあったことが、独立直後の追い風になりました。

それは、安定した「正解ルート」を選ぶことよりも、自分自身が腹落ちできる選択を重視した決断でした。

たとえ未経験であっても、自分が進みたい分野の旗を最初から掲げること。その方が、遠回りになったとしても、後から振り返ったときに納得できるキャリアになると考えたのです。

この選択は、当時の弁理士業界において決して一般的なものではありません。
しかし、この瞬間に掲げた「理想の旗」こそが、後に岡崎さんの活動や事務所の方向性を一貫して貫く、揺るぎない原点となっていきます。

一番の不安要素と、その克服方法

もちろん、実務未経験での独立には巨大なリスクがあります。
岡崎さん自身も、「勢いだけで飛び出した」という感覚はなく、むしろ不安の方がはるかに大きかったと言います。

最大の不安は、大きく二つありました。
一つは「収入が安定するのか」という経済的な不安。
もう一つは、「実務経験がない状態で、本当にクライアントに対して十分な品質のサービスを提供できるのか」という、専門職としての根源的な不安です。

ここで岡崎さんがとった生存戦略は、根性論ではなく、極めてロジカルな「選択と集中」でした。

克服策:未経験領域で戦うための「引き算」

岡崎さんはまず、「弁理士として何でもやる」という発想を捨て、自身の業務範囲を意図的に絞り込みました。
未経験であることを前提に、「やらないこと」を先に決める。これが、最初の一手でした。

  1. 「できないこと」は捨てる
    • 高度な技術理解や、一定期間の経験からの学びが必要な「特許明細書の作成」は、あえてメニューから外しました。知識があることと、実務として責任を持って提供できることは別物です。経験がないまま受任すれば、結果的にクライアントに迷惑をかけてしまう。そのリスクを許容しなかった点に、岡崎さんの判断基準があります。
岡崎さん

弁理士だから特許を書くべき、という固定観念に縛られなかったことが、結果的に自分を守ったと思います。

  1. 「できること」に特化する

一方で、岡崎さんは「今の自分でも勝負できる領域」を冷静に見極めました。

  • 過去に携わっていた経理・総務の仕事で培った「多くの選択肢を整理し、その中から最適解を選ぶ能力」。このスキルが最も活かせる分野として選んだのが「商標」でした。
  • 商標における「指定商品・役務の選択」は、「事業内容を正確に理解する力」「将来の展開を見据えてリスクと可能性を天秤にかける力」が求められる領域です。

もちろん商標実務には細やかなノウハウも多く、未経験なら誰でもできるわけではありません。岡崎さんの場合は、実務修習で得た基礎知識と前職で培った分析スキルがあったからこそ、「勝負できる」と判断できたという背景があります。その結果、「この分野であれば、未経験であっても“中途半端な品質”にはならない」と確信できたと言います。

振り返り:あの時の決断は正解だったか?

では、現在の岡崎さんは、当時のこの決断をどう評価しているのでしょうか。

  • 良かった点:
    • 著作権やエンタメ分野などの新規開拓に、独立当初から注力できたことは正解でした。既存の事務所にいたら、日々の業務に追われ、このスピード感で専門性や発信力を築くことは難しかったでしょう。
  • 反省点:
    • 一方で、「事務所運営」や「案件管理(プロジェクトマネジメント)」については、先輩弁理士の下で体系的に学ぶ機会があれば良かった、と感じている部分もあります。
    • 明細書を書くような弁理士の専門業務と、多数の案件を期限通りに捌く管理能力は全く別のスキルです。しかし後者は、業界内でも暗黙知として扱われがちで、体系化されたノウハウがほとんど存在しません。そのため、独学での習得には相応の試行錯誤と苦労が伴いました。
岡崎さん

苦労は多かったですが、あの時に「引き算」をしていなければ、今の自分はなかったと思います。

この冷静な自己分析こそが、未経験独立という高リスクな選択を、現実的なキャリアへと変えていった原動力だったのです。

キャリアの軸:「資格」は「守り」ではなく「攻め」の道具

仕事の価値観:光るものが、きちんと羽ばたけるように

岡崎さんがここまで「クリエイター支援」にこだわる背景には、ある原体験があります。

それは音楽活動時代、権利関係のトラブルに巻き込まれ、音楽を辞めてしまった友人の存在です。

作品そのものに問題があったわけではありません。努力が足りなかったわけでもありません。ただ、「権利」や「お金」に関する知識がなかった。それだけで、続けることができなくなってしまったのです。

岡崎さん

光るものを持っているのに、権利やお金の知識がないだけで潰れてしまう。そんな人たちが羽ばたけるようにサポートするのが、僕の仕事です。

だからこそ、岡崎さんは仕事を選びます。

自身のビジョンに合わない案件、例えば権利の濫用につながるような出願(いわゆるトロール的行為)などは受けません。逆に、中小企業やアーティストが「自分の個性を世に出したい!」と願うような、アグレッシブな案件を全力で支援しています。

人生の判断軸:「安定をとるか、攻めるか」

多くの人は、弁理士資格を「安定のためのパスポート」と考えます。
専門職として食いっぱぐれないための、いわば「守りの資格」として捉えられがちです。

しかし岡崎さんは、この前提をひっくり返して考えました。

岡崎さん

弁理士資格を取った時点で、スペシャリストとしての『最低限の安定(保険)』は確保できたと考えました。足場が固まったのなら、その上のキャリア選択は守りに入るより、むしろ思い切って攻めるべきだと考えたんです。

「世の中の違和感」に敏感であること。

例えば、「なぜ素晴らしい作品を作るアーティストが儲からないのか?」という理不尽に対して、「そういうものだ」と流されずに抗うこと。

この反骨精神こそが、岡崎さんのキャリアを支える太い軸になっています。

同世代へのメッセージ

今、迷っているあなたへ

最後に、進路に悩む同世代の理系学生や若手社会人に向けて、岡崎さんからメッセージをいただきました。

岡崎さん

キャリアパスの正解を探すようなロジカルな思考はとても大切だと思います。でも同時に、一度立ち止まって『その選択をしたとき、自分はもちろん、周りの人も幸せになっているのだろうか?』と問いかけてみてください。

岡崎さん

もし今、組織の中で違和感を抱えているなら、20代のうちなら辞めても、案外なんとかなります。失敗しても取り返しがつくのが、この時期の強みです。

岡崎さん

『会社に守られること』よりも、『自分が世の中にどんな影響を与えたいか』を基準に行動してみてください。

安定や評価は、後からついてくるもの。

まずは、自分自身が納得できる方向を向いているかどうかが大事だ。岡崎さんの言葉には、そんなメッセージが込められています。

明日からできるアクションプラン

岡崎さんが推奨する最初の一歩は、「異分野の勉強会に参加すること」です。

知財は、技術と法律、ビジネスをつなぐ「架け橋」であり「翻訳者」です。

知財職の集まりの中に閉じこもるのではなく、自分の専門外の技術分野や、興味のある業界(例えば音楽やゲームなど)のコミュニティに顔を出してみてください。

そこで「仲間」を見つけ、彼らの言葉を知ることが、あなた独自のキャリアを作る種になるはずです。

【編集後記】

「シンガーソングライター」から「弁理士」へ。

一見、全く異なる世界への転身に見えますが、岡崎さんの中では「表現者を守る」という一貫した軸がありました。

「できないことは捨てる」という戦略的な判断と、「アーティストを支えたい」という熱い想い。この合理性と情熱のバランスこそが、未経験での独立を成功させた鍵なのだと感じました。

最後までお読みいただきありがとうございました。

次回の連載もお楽しみに。

藤原 誠悟

メーカー勤務の弁理士として、製造業の研究・開発現場における知的財産の調査・分析や事業化支援に携わる。

メーカー勤務の傍ら、FujIP弁理士事務所を設立。

意匠・特許の知財実務だけでなく、知財情報を活用した新製品開発支援を得意とする。

若手知財コミュニティ「知財若手の会」の次期代表として、知財業界の繋がり作りにも注力している。

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