課題解決アプローチで始める AI 活用推進

はじめまして。浜松ホトニクス株式会社にて出願権利化業務を中心に担当している、中と申します。私は所属部署における DX の一環として、知財業務における AI の活用推進に注力しています。本稿では、主に企業知財の現場において、同じように AI の活用推進を担当されている方々に向けて、弊社での取り組みをご紹介させて頂きます。

目次

はじめに

近年、AI 技術の急速な進展により、知財業務の効率化に大きな可能性が開かれました。大量の言語化情報を扱う知財業務は、生成 AI の一種である大規模言語モデル(LLM)との相性が抜群であることに最早疑いの余地はないと言えます。

(参考)WIPO 日本事務所 Webinar 特許と AI(2025 年 3 月 4 日)

しかし、生成 AI は様々な知財業務に活用できるほど汎用性が高い一方で、「どこからどうやって活用すればよいか」という戸惑いの声も少なくありません。また、生成 AI は原理的な再現性の低さも相まって、正確性を重視する知財実務者には受け入れ難い側面もあります。そこで本稿では、所属部署で実践している「課題解決アプローチ」による生成 AI 活用推進の取り組みを紹介します。

AI 活用推進の担当になった経緯

私が所属部署の AI 活用推進に関わるようになったのは、出願権利化業務で AI 関連発明の出願を担当したことがきっかけです。基礎的なレベルではありますが、AI 関連発明の技術理解を通して、AI に関する知識を得る機会に恵まれました。

その後、特許調査業務のリスキリングを進める中で、「AI で調査業務を効率化できないか」という問題意識が生じ、情報収集を開始しました。この情報収集を進めている間に生成 AIが急速に進展し、調査業務だけでなく知財業務全般にも広く活用できることに気が付きました。

所属長に生成 AI の有用性について相談して理解を得ることができ、ボトムアップに近い形で知財業務に生成 AI の利活用を推進する活動を開始しました。特許調査業務のリスキリングをきっかけに検討していた AI 活用が、生成 AI の台頭によって本格化することになりました。

ツール導入と環境整備

まず取り組んだのは、生成 AI ツールが使える環境の整備です。プライベートでChatGPTを利用していた肌感覚として、とにかく生成 AI は触ってみないと分からないと考えていました。

運良く全社的な DX 推進の波があり、Microsoft 365 Copilot の導入が検討されていました。

DX 推進部署に知財業務と生成 AI の相性の良さや必要性を説明し、トライアルから所属部署への導入を実現しました。これにより、汎用の生成 AI ツールをスムーズに利用できる基盤を整備に至ることができました。

並行して、知財業務専用の生成 AI ツールもトライアルを重ねました。効果が期待できるツールについては契約を結び、長期的に実務での有用性を検証しています。

こうして、ひとまずは汎用及び知財業務専用の生成 AI ツールの両方を使える環境が整いました。しかし、これはあくまで AI 活用推進の準備に過ぎず、ここからが本当のスタートでした。

課題解決アプローチ(Problem-Solving Approach)

上述のように、生成 AI はその汎用性の高さゆえに、知財業務プロセスのどのタスクに対してどのように活用すれば良いかのイメージが難しく、ただ生成 AI ツールが利用可能な環境を提供しただけでは業務への活用は広がりません。

そこで考案されたのが「課題解決アプローチ」です。これは、業務内容や担当部署が異なる複数のチームで、それぞれが抱える具体的な課題を生成 AI ツールで解決できないか取り組むというものです。チーム毎に抱えている課題は異なるため、各チームが自分たちの課題に直接取り組むことで、モチベーションを持って生成 AI の活用に挑戦できます。

例えば、私が所属するチームでは少人数で多くの出願に対応する必要があり、出願権利化に関する業務への効率化が課題でした。そのため、発明資料や相談報告の作成支援、拒絶理由対応の効率化に取り組んでいます。

また、別のチームでは侵害予防調査の依頼が膨大でリソースを多く奪われていることが課題でした。そのため、生成 AI によるスクリーニング作業によって省力化に取り組んでいます。

さらに、知財情報分析を中心に行っているチームでは、今までは人による査読が必要だった分析業務に生成 AI を取り入れ、独自分類の作成や付与作業の効率化に取り組んでいます。

各チームでの取り組みは、部署全体に共有しています。これにより、生成 AI は知財業務のどこに活用すると効果が大きいかのイメージを明らかにしつつ、生成 AI の使い方のノウハウを共有し、組織としての理解を深めています。

したがって、このアプローチにより、メンバーはモチベーションを保ちながら活用事例を蓄積し、生成 AI に慣れて感覚を養うことが可能です。長期的には、AI 前提の業務フローへ仕組み化し、定型作業を自動化して、より付加価値の高い知財業務へのシフトを目指したいと考えています。

現状の課題と今後の展望

ひとまず生成 AI ツールを使える環境を整え、生成 AI のユースケースについても一定の知見を蓄えることができました。一方で、部署内の AI 利用にはチームやメンバー間でムラがあり、知見の共有も活発とまでは言えず、情報発信は一部のメンバーに偏っています。そのため、部署全体としての土壌作りが本当の課題なのだと浮かび上がってきました。

率直に言えば、下記の先進的な知的財産部のように、生成 AI を知財業務フローに統合するまでの道のりは、まだまだ先が長いのが実情です。

(参考)京セラと島津製作所、旭化成の知財責任者が語る、AI エージェントの浸透で変貌する知財業務

一方で、企業毎に知的財産部の役割や体制は多種多様であることから、少しずつでも自社の知的財産部に適した取り入れ方を模索していくことが大切ではないかと考えています。まずはメンバーの一人ひとりが AI を活用した業務での知見を共有し、当たり前のように AIを利用する土壌作りを進めていきたいと思います。

この「土壌作り」に向けて、住友商事の Microsoft 365 Copilot 推進事例が参考になります。

例えば意欲的なメンバーには部署内でアンバサダーとなって積極的に情報を発信してもらったり、業務で役立つユースケースだけでなく使い所の感覚や考え方を身に着けてもらったりする施策も検討しています。

(参考)コスト削減効果は年間約 12 億。住商の「生成 AI 活用」最前線

むすび

所属長の理解を得て社内の DX 推進の流れにも乗り、課題解決アプローチによって知財業務における AI の活用推進に対して、足掛かりを作ることができたのは幸運でした。一方で、所属部署全体に AI 利用のカルチャーを根付かせるのはこれからで、ここからが本番だと感じています。

ただ、最初から業務フローへの全面統合を目指すのではなく、具体的な課題から始め、小さな成功を共有しながら少しずつ輪を広げていく他ないと思います。地道な取り組みこそが、やがて組織全体へ AI 活用文化を醸成していくのではないでしょうか。

生成 AI の活用は、知財業務の未来を大きく変える可能性を秘めています。同じように現場からの挑戦を続けている方々への参考となれば幸いです。

中 俊久

浜松ホトニクス株式会社 知的財産戦略部 知的財産戦略第1グループ

2012 年に入社し、2013 年より出願権利化・各種調査・社内の知財教育を中心に従事。部内DX の一環として、知財業務における AI の活用推進を担当。

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