台湾の特許事務所に日本のIPランドスケープの現状についてお話ししてきました〜2025年1月の台湾出張を振り返って〜

目次

はじめに

2025年1月、台湾の特許事務所を訪問する機会をいただきました。

その中で、私が本業で担っているIPランドスケープについてお話しする機会をいただき、日本企業の現状や課題について意見交換をしてきました。あれから約1年が経ち、IPランドスケープを取り巻く環境も変化してきています。

本記事では、当時の内容を振り返りつつ、2025年現在のIPランドスケープの最新動向についてもまとめます。

自己紹介

改めて自己紹介をさせてください。

上村 侑太郎(Uemura Yutaro)
  • 本業:化学メーカー知財部門勤務(IPランドスケープ専任)
  • 副業:LeXi/Vent(士業ブランディング支援、特許分析)
  • 資格:AIPE認定 知的財産アナリスト(特許)
  • 興味関心:マーケティング×知財、知財情報活用の拡大、ブランド×データ分析
  • 趣味:読書、旅行、ギター、音楽、ポケモン、パペットスンスン

メーカーで働きながら副業を行っています。自分でビジネスモデルを考えて、実践して、売上をあげるのは、大手メーカー知財部門だと中々経験できないと思い、個人事業主として事業をはじめました。

訪問した台湾の特許事務所

今回の出張で訪問させていただいた事務所は以下の4社です(順不同)。

JOU AND JOU 特許事務所

1993年創立、台湾でも指折りの特許商標事務所として知られています。

理律法律事務所

1940年代から歴史を持ち、金融・資本市場、コーポレート・インベストメント、特許・科学技術など幅広い分野でサービスを提供しています。

台一国際智慧財産事務所

1976年設立、国内外に多数のクライアントを持ち、知的財産に関連する法律・基準の改正時に政府機関から意見を求められる主要な事務所です。

冠群國際專利商標聯合事務所(TOPTEAM)

電子回路、通信、半導体、機械工学、化学など幅広い技術分野での特許に強みを持ち、中国語、英語、日本語でカスタマイズされたサービスを提供しています。

日本のIPランドスケープの現状と課題

IPランドスケープとは

IPランドスケープとは、IP(Intellectual Property:知的財産)とLandscape(風景、環境、見通し)を組み合わせた造語です。知的財産情報を分析してその結果を経営戦略の策定や企業の意思決定に活用すること、また知的財産を重視した経営そのものを指して用いられます。

2017年4月に特許庁が公表した「知財人材スキル標準(version 2.0)」において戦略レベルのスキルとして定義されたことをきっかけに、日本企業においても認知が広がっていきました。

日本企業の現状

台湾の特許事務所に対して、以下のような日本企業のIPランドスケープの現状をお話ししました。

大企業は内製化の動き

大企業ではIPランドスケープを内製化する動きがあり、知的財産部門がコンサルティング技術を取り入れるようになっています。分析ツールの導入は2017年頃から加速しており、企業はコンサルタントに分析を委託したり、OJTでIPランドスケープを学んだりすることが多いのが実態です。

コーポレートガバナンス・コード改定の追い風

2021年6月、東京証券取引所が公表したコーポレートガバナンス・コード(CGC)の改訂版に、初めて知的財産に関する項目が盛り込まれました。企業に対し、積極的な知的財産への投資や事業への活用を促し、投資家への情報開示を求めるものであり、これがIPランドスケープを加速させる大きな要因となっています。

特許庁・関係機関の取り組み

特許庁では「経営戦略に資するIPランドスケープ実践ガイドブック」を公開し、INPIT(工業所有権情報・研修館)ではIPランドスケープ支援事業を展開しています。また、2020年にはIPL推進協議会が設立され、会員企業40社以上が参加して実事例紹介や意見交換、交流会などを行っています。

先進企業の事例

日本でIPランドスケープに積極的に取り組んでいる企業の特徴をご紹介しました。

旭化成 – 強みは「圧倒的なトップダウン」 社長直下に知財インテリジェンス室を設置し、知的財産部と連携してIPランドスケープを推進。経営層への報告を重視した実施フローを確立しています。

レゾナック – 強みは「明確なKPI」 成果=質×量という信念のもと、失敗に見せないリカバリ力、客観性・網羅性のアピール、優良顧客の獲得と共創を重視しています。

DIC – 強みは「データ分析」 Technology Intelligence機能を知財センターに設置し、知財情報や技術情報を分析してビジネス情報と組み合わせ、意思決定につながる付加価値をつけた情報を各部門に提供しています。

日本企業のIPランドスケープの課題

IPL推進協議会のアンケート結果から、以下の主な課題が見えてきています。

  • 成功・失敗事例の相互共有: 他社の事例を学ぶ機会が限られている
  • 経営層に響くIPL分析・提案: 専門用語やパテントマップの羅列になりがちで、ストーリーやメッセージが伝わらない
  • IPL人材育成・確保: 知財部門の機能になかったコンサルスキルが必要
  • 分析・仮説提案スキルの向上: 単なる集計ではなく、意味を深掘りする力が求められる

日本の特許事務所の動きと現状

小規模から大規模まで「IPランドスケープ」のサービスを掲げている事務所は一定数存在します。正林国際特許商標事務所は「IPランドスケープ」の商標権者として有名です。

しかし、事務所に頼っている大企業の話はあまり聞かれません。競合となるのは個人コンサルタント、大規模コンサルティングファーム、シンクタンクなどです。ベンチャーなど小規模な企業に特許調査の過程でサービス提供する企業は存在しますが、大企業への浸透は限定的です。

特許事務所IPランドスケープの課題

  • 企業は出願戦略以上の内容は共有しにくい → ベンチャー・スタートアップ、VCが鍵か?
  • 特許事務所のイメージの問題
  • 企業内製に比べた時の優位性訴求がない → 特許事務所特有・特許事務所が行うべきIPL(例:出願業務プロセス中のマクロ分析→戦略提案)

2025年現在のIPランドスケープ最新動向

1月の台湾出張から約1年が経ち、IPランドスケープを取り巻く環境も大きく変化しています。

生成AI・AIの活用が本格化

2024年から2025年にかけて、IPランドスケープにおける生成AIの活用が急速に進んでいます。

AIを活用した特許分析の効率化

デロイト トーマツなど大手コンサルティングファームでは、AIを活用したIPランドスケープ分析サービスを展開しています。特許や論文といった膨大な情報から必要な情報を効率よく抽出し、技術のトレンド把握や深掘り分析、プレーヤーとなる企業やキーパーソンの特定に活用されています。

「描く」から「考えさせる」へ

従来のIPランドスケープは「可視化したマップを人が読む」ことに焦点が当てられてきました。しかし2025年現在では、生成AIを活用して「AIにマップを考えさせる」という新たな段階に進化しています。AIが外部要因(市場・規制・社会)を提案し、経営方針を描く流れを自動化する取り組みも始まっています。

コスト削減効果

生成AIを活用したIPランドスケープでは、大量の特許情報の分析および分析結果の可視化にかかる費用を大幅に削減できる事例も報告されています。これにより、中小企業やスタートアップにとってもIPランドスケープがより身近になりつつあります。

中小企業・スタートアップへの拡大

INPIT IPランドスケープ支援事業の充実

2024年度から2025年度にかけて、INPITではIPランドスケープ支援事業を計10回公募し、中小企業やスタートアップを対象とした支援を強化しています。2025年5月には「中小・スタートアップ企業によるIPランドスケープ実践セミナー」も開催され、アーカイブ動画が公開されています。

IPランドスケープマニュアルの公開

令和4-5年度のIPランドスケープ支援事業で得られた知見をまとめた「市場・戦い方・連携相手を見極めるIPランドスケープマニュアル」が公開されました。リソースの限られる中小企業でも効果的・効率的なIPランドスケープを実施するためのポイントが紹介されています。

IPL推進協議会の継続的な活動

IPL推進協議会は2025年も活発に活動しており、2025年1月の第24回協議会から11月の第29回協議会まで、定期的に開催されています。韓国企業とのやりとりからIPL活動を国際的に広げる動きも見られます。

特許庁のスタートアップ支援強化

特許庁では2025年4月より、意匠分野におけるスタートアップ企業による実施関連出願も早期審査の対象となりました。また、VCへの知財専門家派遣プログラム(VC-IPAS)や知財アクセラレーションプログラム(IPAS)など、スタートアップの知財戦略構築を支援する施策が充実しています。

台湾の特許事務所の反応とご意見

知財公開・投資家とのコミュニケーション

意見

日本では上場企業が特許を公開しているが、投資家への説明は難しい。投資家の知財理解が進んでいない。台湾ではガイドラインがなく、企業ごとに知財管理方法が異なるため、役員会の判断に依存している。知財公開の手続きが煩雑(黒塗り作業など)で、熱心な対応が難しい状況。

質問

投資家に知財の重要性をどのように説明すれば理解を得られるのか?日本と台湾の知財公開の仕組みの違いをどう活かせるか?

台湾企業の日本進出とIPランドスケープの導入

意見

台湾企業の日本進出が進む中、コンサル費用が比較的低いこともあり、サポートのニーズが増加している。特許事務所やコンサル会社がIPランドスケープに参入するハードルは高い。IPランドスケープは事務所の知名度向上にはつながるが、直接的な利益にはならない。

上村からの回答

事務所ができる範囲のIPランドスケープもあり、出願に紐づいた分析整理から始めることを提案しました。内製化が起きており、事業内の秘密情報に近いので、事務所としては余計な浪費になる可能性もあります。台湾企業はボトムアップで取り組むことも必要な状態にあるのではないでしょうか。

パテントマップの限界と経営者へのアプローチ

意見

パテントマップでは技術の横展開が見えるが、経営者に効果的なデータ提示ができない場合がある。過去の特許分析では経営者に成果を見せられず、成功につながらなかった印象。

上村からの回答

パテントマップが不十分というわけではありません。特許分析を作っただけで終わり、見せていただけなような気がする人が多いのではないでしょうか。大事なのは意思決定者がボトルネックになることを把握し、ネクストアクションも伝える必要があります。

特許事務所の役割とコストの課題

意見

IPランドスケープを目的に、出願とは別に特許事務所へ依頼するのはコスト面で非効率。1つの事務所で出願とIPランドスケープの両方を完結させたいニーズがある。

上村からの回答

個別案件からIPランドスケープを始める提案も有効です。出願時、明細書の提案とともに、追加出願の提案の際に分析を活用するのはいかがでしょうか。

その他のコメント

特許事務所やコンサル会社が、IPランドスケープへの参入ハードルがやはり高いということが理解できた

(統合報告書における知財情報の開示について)台湾で似たような努力義務の中で、日本と同じように上場企業のように特許を公開するように呼び掛けている。ガイドラインは存在してない。各企業やり方はバラバラ。

特許事務所への提言

今後、特許事務所がIPランドスケープに取り組むにあたって、以下の提言をさせていただきました。

まずはブランディング・プロモーション活動から

  • 委託される業務範囲でIPランドスケープ要素を入れる(例:出願時にパテントマップを組み入れる)
  • 企業のコスパに見合う分析パッケージを作成・提供する
  • ホワイトペーパーづくり(ブログ)
  • 別会社でコンサル会社を立ち上げる(事務所という固定概念をとりはらう)
  • 台湾事務所の地場の強みを出す(半導体最新トレンドのリサーチ)

外部実績をつける

  • 政府系、例えばINPITなどに参画する
  • ベンチャーや中小企業支援に組み入れて広報する(大企業とは違い、公表可能なところが多いため)

LeXi/Ventのサービス紹介

LeXi/Ventは、「『やらない、やれない』という障壁を取り払う環境を創出する」をミッションに、情報分析の難しさをとり払い、情報分析を身近にするサービスを展開しています。

提供サービス
  • 技術動向分析・パテントマップ作成・コンサルティング
  • 自然言語処理、テキストマイニングによる分析
  • 分析設計のアドバイス
  • 教育・セミナー・記事執筆

企業経験を活かした特許情報分析サービスとして、調査設計から提案までの教育、特許情報を用いた提案プロセスの肉付け、知財ポートフォリオの構築をサポートしています。

おわりに

海外の方とIPランドスケープについて意見交換するビジネストリップは初めての経験でしたが、とても有意義な体験でした。IPランドスケープの悩みは世界共通な部分も多いという新しい知見を得られました。

1月の訪問から約1年が経ち、振り返ってみると、生成AIの活用や中小企業・スタートアップへの支援拡充など、IPランドスケープを取り巻く環境は想像以上に変化しています。台湾の事務所の方々が懸念されていた「参入ハードル」も、AIツールの進化によって少しずつ下がってきているように感じます。

これからIPランドスケープに取り組もうとしている企業や特許事務所の皆様にとって、本記事が参考になれば幸いです。

関連リンク

  • LeXi/Vent HP: https://lexi2vent.com/patent-information
  • noteブログ: https://note.com/yu_py/
  • 特許庁 IPランドスケープガイドブック: https://www.jpo.go.jp/support/example/ip-landscape-guide/
  • INPIT IPランドスケープ支援事業: https://www.inpit.go.jp/katsuyo/ipl/index.html
  • IPL推進協議会: https://ip-edu.org/iplsuishin
上村 侑太郎

株式会社LeXi/Vent 代表取締役

化学メーカーでマテリアルズ・インフォマティクスなど機械学習の研究開発に従事後、知的財産部で特許情報分析(IPランドスケープ)を従事。その後現職では、IPランドスケープ専任で知的財産戦略、テクノロジーインテリジェンス、知財人材教育に関する業務を行なっている。同時に副業で個人事業「LeXi/Vent」を設立し、士業・コンサルタントのブランディング支援を行いながら、「知財若手の会」コミュニティを運営。

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