「専門外の技術分野でやっていけるのか?」
「研究開発の経験がないまま、いきなり知財職についても大丈夫なのか?」
理系学生が知財業界を志す際、直面することが多いこの悩み。
今回は、大学院で生物(バイオ)系の研究に打ち込みながら、新卒で「異分野」かつ「未経験」の半導体知財の世界に飛び込んだ社会人3年目のMさんに話を聞きました。
Mさんがなぜ研究職ではなく知財職を選んだのか。「好き」よりも「得意」を優先した意思決定の考え方を掘り下げます。
【この記事はこんな人におすすめ】
- 理系大学生・大学院生で、「研究職」に進むか「知財職」に進むか迷っている人
- 専攻分野(バイオ等)と異なる技術分野(電気・機械等)への知財就職を考えている人
イントロダクション
こんにちは、知財若手の会代表の藤原です。
この連載では、知財業界で働く若手にインタビューを行い、彼らが直面した「キャリアの分岐点における意思決定」について、ケーススタディとしてお届けします。
第一回のゲストは、大手電気メーカーの知財部で働く社会人3年目、Mさんです。
Mさんは大学・大学院と一貫して生物学(バイオ)を専攻していましたが、現在は全く異なる「半導体」分野の権利化業務(特許を取得するための手続)を担当されています。
「研究開発職」という王道の選択肢ではなく、なぜ新卒で知財を選んだのか。技術知識ゼロの状態からどのようにプロフェッショナルへの道を歩んでいるのか。その迷いと決断のストーリーを紐解きます。
【この記事のポイント】
- ターゲット:進路に迷う理系大学生・大学院生
- 転機の論点:「研究開発職(一つの技術の追求) vs 知財職(幅広い技術への好奇心)」
- 学べること:未経験分野でプロになるための「逆算思考」と「行動力」
キャリアの全体像:Mさんの歩み
まずは、Mさんのこれまでのキャリアを時系列で振り返ります。バイオから半導体へ。一見すると大転換ですが、そこには学生時代からの着実な準備がありました。
| 時期 | 所属・状況 | キャリアの動き |
|---|---|---|
| 高校~大学 | 理系(理系科目が得意) →化学系学部 | 理系科目が得意で化学系学部への進学を志す大学入学後は、化学系学部の中で、生物系の研究を行う。研究室の教授が特許出願をしていたことをきっかけに「知財」の存在を知る。 |
| 大学学部時代 | 化学系学部 | 知財への興味を確かめるため、特許庁・特許事務所・企業知財部のインターンに参加。適性を確信し、知財職を志す。 |
| 大学院時代 | バイオ専攻 | 研究テーマは「細胞培養材料の性能評価」。研究を続けつつ、就職活動は「知財一本」に絞る。出願件数が多く知財の需要が高い電気電子分野も視野に入れる。 |
| 現在 | 電気メーカー知財部 (3年目) | 半導体の権利化・調査・分析・出願戦略などを担当。 |
深掘り:「研究開発職」か「知財職」か。学生時代の意思決定
キャリアの分岐点:「専門性」か「好奇心」か
大学院で専門的な研究を行っていたMさんにとって、最大の分岐点は「そのまま研究者になるか、知財の専門家になるか」という選択でした。
Mさんが天秤にかけたのは、以下の2つの働き方です。
- メリット:一つの製品や技術テーマを、数年~数十年単位で深く掘り下げることができる。
- 懸念:ご自身の性格を「好奇心旺盛」と分析するMさん。「一つのことだけをやり続ける研究職は、いろんな技術に携われないのではないか?」という懸念がありました。
- メリット:様々な発明者、多様な技術分野に関わることができる(ジェネラリスト志向)。
- 懸念:「言葉一つで、技術の価値が0にも100にもなる」。その影響力の大きさと、幅広い技術に触れられる点が、自分の知的好奇心に合うと腹落ちしたと言います。
一番の不安要素:「開発経験がなくて大丈夫?」
理系学生が知財職を目指す際、必ずぶつかる壁があります。それは、「企業での研究開発経験がないまま知財部に入って、本当に技術が理解できるのか?」「将来、研究職に戻りたくなったらどうする?」という不安です。
実際、企業の知財部員や特許事務所の弁理士には、元エンジニアの経歴を持つ人が多くいます。Mさんもその不安を感じていました。しかし、インターンを通じてひとつの結論に至ります。
「研究開発の内容が、必ずしも知財業務の質を劇的に高めるとは限らない。むしろ、『早くから知財を始める』ことのメリットの方が大きいと考えました」
Mさんの決断のロジックはこうです。
- 知財のプロになるには、法律知識や独特の「言葉の選び方」など、習得すべきスキルが膨大にある。
- 研究職を経由してから知財に来ると、その分、知財スキルの習得開始が遅れる。
- ならば、新卒から知財に特化して経験を積むことで、その「時間のアドバンテージ」を自分の強みに変えられるはずだ。
また、「将来研究職に戻れなくなるのでは?」というリスクについても、「知財のプロになると決めたなら、退路を断って知財一本で勝負する」と腹をくくったそうです。
入社後のリアル:バイオから半導体への挑戦
こうして、あえて「異分野」である電気メーカーの知財部へ飛び込んだMさん。実際のギャップはどうだったのでしょうか。
- 良いギャップ:学生時代にインターン(特許事務所2社、企業2社、特許庁)を経験していたため、業務内容に対するギャップはほとんどありませんでした。事前のリサーチが功を奏した形です。
- 苦労した点:やはり「技術知識」の壁は厚く、バイオ出身のため電気・半導体の知識はゼロからのスタートでした。また、特許独特の「クレーム(特許の権利範囲を決める文章)」の表現方法や、言葉の厳密さには、入社当初かなり苦労したそうです。
しかし、ここで大学院時代の経験が活きました。
インターン時代に気づいた通り、「未知の技術について論文を調査する力」や、「従来課題を見つけ、解決手段を導き出す」という研究のプロセス自体は、バイオでも半導体でも共通しています。この「研究する力」をそのまま武器にして、技術の壁を乗り越えつつあります。
キャリアの軸:「好き」よりも「得意」で戦う
Mさんのキャリア選択の根底には、非常に冷静な「戦略」があります。
Mさんはインタビューの中で、自身の判断基準をこう話してくれました。
「『好きなこと』を仕事にするか、『得意なこと』を仕事にするか。僕は『得意なこと(勝てる場所)』で戦うべきだと考えています」
勢いで「知財が好きだから」と飛び込むのではなく、Mさんは学生時代から準備を重ねました。
インターンに参加して実務を体験し、「ここなら自分の資質(論理的思考や好奇心)を活かして『得意』にできる」と腹落ちしてから選んでいます。
将来のビジョン
現在は、発明者から話を聞いて特許出願の書類を作ったり、他社の特許を調べたりする業務がメインですが、Mさんの視線はさらに先に向いています。
「言葉一つで白黒が決まる」という現在の業務経験は、将来的に「訴訟(係争)」の場面で役に立つと考えています。権利を守るか、攻めるか。その厳密な論理構成が求められるフィールドで、スペシャリストとしてのスキルを高めていくことが今の目標です。
また、特定の一分野だけでなく、様々な技術を扱えるジェネラリストになりたいというビジョンも持っています。好奇心旺盛なMさんにとって、企業の知財部はまさにうってつけの環境です。
ロールモデルは「作らない」
印象的だったのは、「特定のロールモデルを持たない」こと。
社内には専門性の高いすごい先輩方が多いものの、「そのまま真似するのでは自分のキャリア像と違う」と感じたそうです。代わりに、仕事ができる人の「コミュニケーション力の高さ」、「目的意識の高さ」、「優先順位の見極め」など、他者の優れた共通点を見つけ出し、それを取り入れることで、自分独自の強みを作ることを意識しています。
同世代へのメッセージ
今、迷っているあなたへ
最後に、進路に悩む同世代の理系学生や若手社会人に向けて、Mさんからメッセージをいただきました。
「迷っているなら、まずは行動を起こしてみてください。
実際に特許事務所や企業のインターンに行ってみたり、人に会ってみたりする。そうやって『行動』して得た情報で、自分の目標を更新し続けることが、納得のいくキャリアへの近道です」
頭の中でシミュレーションするだけでは、見えないリスクや面白さは分かりません。「仮説」でもいいから目標を決め、行動して修正する。そのサイクルを回せる人が、自分だけのキャリアを掴み取れるのだと思います。
明日からできるアクションプラン
一番簡単なアクションは、「知財若手の会」などの知財系コミュニティに参加してみることです。
スマホで参加ボタンを押すだけです。企業の知財部や特許事務所で働いている方に直接話を聞き、悩みを打ち明けることができます。
【編集後記】
「好き」という感情だけでなく、「得意になれるか」「勝てるか」という冷静な視点でキャリアを設計するMさん。その姿は、社会人3年目とは思えないほど戦略的でした。
知財や技術に対する専門的なバックグラウンドがなくても、正しい準備とマインドセットがあれば、知財のプロフェッショナルへの道は開かれています。
最後は少し宣伝ですが、明日からできるアクションとして、私が運営する知財若手の会が出てきました。無料で参加できるので、ご興味があればぜひご参加ください。
このケーススタディが、キャリアの岐路に立つ皆さんの背中を押すきっかけになれば幸いです。
(文/インタビュー:知財若手の会代表 藤原誠悟)

メーカー勤務の弁理士として、製造業の研究・開発現場における知的財産の調査・分析や事業化支援に携わる。
メーカー勤務の傍ら、FujIP弁理士事務所を設立。
意匠・特許の知財実務だけでなく、知財情報を活用した新製品開発支援を得意とする。
若手知財コミュニティ「知財若手の会」の次期代表として、知財業界の繋がり作りにも注力している。

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