はじめまして。小嶋輝人(こじまてるひと)と申します。これから何回かに分けて、「知財戦略」についてGrIPでお話しさせていただきます。
私は、インターネット上では、「知的財産戦略と理論物理学と哲学の専門家」と呼ばれています。
エンジニアとしてはプラント設計(六ケ所村)や商品開発(カテーテル)を経験し、後に知財部に転職した「もと技術者」です。セイコーエプソン株式会社 知的財産本部の特許技術部長でした。エプソンで培った「特許ポートフォリオ戦略」について、セミナーやYouTubeで発信しています。また、副業で立ち上げた、知財戦略ラボラトリーの代表でもあり、セミナーだけでなくnoteの記事でも独自の戦略論(構造戦略論)をお伝えしています。現在の本業はエプソンのビジュアル・プロダクツ事業部で、「事業戦略担当」をしています。
「理論物理学と哲学」というのは、学生時代に深くかかわったWittgensteinや分析哲学の研究で、主にパラドックスや論理の追究(「時間論」も含む)をしてきたのですが、最近思い立って投稿したSequential Time Theoryという論文(「時間の矢」の問題についての新たな提言)をAIが拾ってきて言っているものだと思います。
ということで、世にいう「標準理論」を斜めから見て、ちょっと違う視点の意見を言う人、なのだと思います。
これからお伝えする「知財戦略」のお話しは、だいたい次のような内容で進めたいと思います。
第1回 戦略と計画
「戦略」って何か難しい印象がありますよね。しかし、実は皆さんも日常的に「戦略的な思考」を駆使して生活しているのです。そんなところから、「戦略」について考え始めるきっかけづくりをしようと思います。
第2回 「戦略目標」の考え方
目的:何を守りたい/何を取りに行きたい?(参入障壁、交渉材料、ライセンス、訴訟耐性…)や目標について、事業環境や顧客・競合などを俯瞰した上で、何を目的とし、どのような目標設定で方向を決めれば良いか(ポジショニングの考え方(SCPなど))を考えます。
第3回 「競争・共創」の考え方
相手:誰が怖い?その相手は何を避けてくる? について、競争戦略の考え方(特許ステータスマップなど)から対策オプションを考えます。
第4回 「組織」の考え方
制約:人・予算・期限は?全部はできないときの前提は何? について、リソース・ベースド・ビューの考え方(VRIOなど)から対策オプションを絞り込みます。
第5回 「戦略」の決定
選択:厚く張る領域、薄くする領域、やらないことは? について、一般的な戦略論(戦略策定プロセス)の範囲内で考えます。
―――「上級編」をやるなら―――
第6回以降 構造戦略論
「構造戦略論」という新しい戦略理論から局所(Crux)に介入する本当の「戦略」の話をします。
それでは本題に入っていきましょう。
戦略と計画
「知財戦略」と聞いて「難しい」「上司が考えることで自分には遠い話」と思う知財担当者が多いかもしれません。しかし、私たちが日常的に「戦略思考」を使いこなしていることを知れば、もう少しこの「遠さ」を軽減できると思います。
受験勉強の「計画」と「戦略」
受験勉強には「計画」と「戦略」のふたつの側面が含まれています。計画には、例えば、教科書や参考書の学習計画と、そのスケジュールがあります。計画だけ立てて勉強した場合、地道な活動・努力こそが成功への鍵ということになるでしょう。
一方、受験対策というものもあります。受験校の出題傾向分析とか、合否ラインの推定や、そのラインをクリアするためには、得意・不得意問題の解答時間配分をどのようにしてやれば、落ち着いて問題に取り組めるか、などなどです。受験対策は、うまくいけば効果的な活動となり、努力だけでは報われない受験勉強の成功確率を上げるでしょう。この受験対策の考え方が、いわゆる「戦略」です。
受験勉強には計画と戦略のふたつの側面があるというのは、こういうことです。ひとつの例を挙げて考えてみましたが、このように、計画と戦略では、その内容も効果も、ちょっと違う点に注意する必要があります。
知財業務に置き換えて考えてみる
ここまでの受験勉強の例を、知財の仕事にそのままスライドしてみます。
今年度は「出願〇件」「中間処理〇件」「先行技術調査は全件実施」「〇月までに明細書ドラフト」…など、「やることの棚卸しと段取り」
限られた人・時間・予算で、「どこに厚く張るか」「どこは捨てるか」「誰の動きを意識するか」を決める、「勝ち筋の設計」
たとえば「出願を50件やる」は計画です。悪くありません。けれど、50件の中身がバラバラで、事業の核に刺さらないなら、忙しいのに効かない一年になりがちです。逆に「新規事業Aのコア技術Bで3年後に参入障壁を作る。そのために競合Cの回避設計を潰す請求項を優先し、出願は20件に絞る」は戦略っぽい気がしますね。件数は減っても、意思が通った20件になります。
「戦略」には、理論的にはもう少し難しい話もあるのですが、ここで大事なのは、戦略が「偉い言葉」ではなく、現実の制約の中で何かを“選ぶ”行為だという点です。
「戦略=選択と集中」って、結局なにを選ぶの?
知財の現場で「選ぶ」対象は、だいたい次の5つに集約できます。
- テーマを選ぶ:どの技術領域・製品・機能に張るか
- 相手を選ぶ:誰の動きを前提にするか(競合・顧客・協業先)
- 権利化の型を選ぶ:広さ重視か、実施例厚めか、周辺封鎖か、ノウハウ化か
- 国・タイミングを選ぶ:国内で固めるのか、早期PCTなのか、分割で厚くするのか
- 捨てるものを選ぶ:やらない調査、後回しにする出願、追わない相手
「捨てる」が入っているのがポイントです。計画は基本的に“足し算”(全部やる前提)になりやすいですよね。一方、戦略は“引き算”を含みます。嫌われる理由の半分はここにあります。捨てる判断は怖いし、説明責任も発生するからです。でも逆に言えば、戦略の価値は“捨てたことで生まれた余力”に出ます。その余力を、勝ち筋に回せるからです。
事例:同じ予算・同じ人数でも、結果が変わる
事例設定:あなたの会社は、次の状況だとします。
新規事業:装置に組み込む制御アルゴリズムが強み
競合:似た性能をうたう新製品を来年出すという噂
知財リソース:担当2名、出願予算は「最大30件相当」
- 各開発チームから上がってくる発明提案を順に処理
- なるべく漏れなく出願し、件数30を目標にスケジュールを回す
- 先行技術調査も一律に深める
結果:忙しい。けれど、出願群が「チーム別の寄せ集め」になり、競合の回避設計に刺さらない。来年、競合が“うまい逃げ方”で市場に入ってきても、止め手が弱い。
- 最初に「競合が取りそうな逃げ道」を5つ仮説として書く
- コア機能に対して、“相手の逃げ道を塞ぐ請求項”を優先して設計
- 出願は20件に絞り、残りの余力で
- 重要案件は中間処理を強化
- 周辺封鎖の分割・継続出願の種を仕込む
- 競合の公開公報ウォッチを回す
結果:件数は減るが、競合の動きに対して「刺さる束」になる。開発側にも「何のための権利化か」が伝わり、発明提案の質が上がる。
この差は、担当者の努力量ではなく、最初に“何に勝つか”を決めたかどうかで生まれます。
戦略は「上司だけの仕事」ではない:担当者なりの戦略もある
「戦略=経営の言葉」と感じると遠くなります。でも、知財担当者が扱う戦略はもっと小さくていい。むしろ現場に近い人ほど、良い仮説を持てます。
戦略は、立派なスローガンではなく、次の1枚で十分です。
- 目的:何を守りたい/何を取りに行きたい?(参入障壁、交渉材料、ライセンス、訴訟耐性…)
- 相手:誰が怖い?その相手は何を避けてくる?
- 制約:人・予算・期限は?全部はできないときの前提は何?
- 選択:厚く張る領域、薄くする領域、やらないことは?
- 次の一手:今月なにを決める?何を見て見直す?
これは、日々の案件検討会で自然にやっている会話の整理です。「戦略」というラベルを貼るから身構えるだけで、やっていること自体は“いつもの仕事”に近いはずです。
明日からの「戦略アレルギー」を下げる3つの問い
案件を前にしたとき、次の3問だけで十分、戦略っぽくなります。
- この案件、勝ち筋は何?(何が取れれば勝ち/何を失うと負け)
- いちばん大事な制約は何?(時間?予算?実装の確度?他部署の理解?)
- 捨てるならどれ?理由は?(“全部やる”を封印する)
この3つを言語化できるだけで、計画は「作業表」から「意味のある段取り」に変わります。
「戦略」は、特別な人のための言葉ではありません。制約の中で、勝ち筋に寄せるための“選択”の技術です。まずは大げさに構えず、目の前の1案件から——「勝ち筋は何?捨てるならどれ?」と問いを置いてみてください。そこから先は、いつもの知財実務が、少しだけ“効く仕事”に変わっていきます。
次回からは、この「戦略思考」であなたの知財業務をより「戦略的」に変えていく具体的な方法に触れていきます。

大手電機メーカーの知的財産本部でおよそ22年間、同社の出願・権利化・ライセンス活動と、組織運営・改革に従事。特許技術部の部長として、知財戦略活動を統括した。退職後、知財戦略ラボラトリーを起ち上げ、知財戦略の研究と企業へのアドバイスを行なっている。

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