「とりあえず大企業知財部」という選択からの脱却

目次

【この記事のサマリ】

 「とりあえず大企業の知財部」という選択は、実は“安パイ”どころかハイリスクかもしれない―それはあなたの「ありたい姿(Will)」次第でもあります。知財でどんな仕事がしたいのか、その「ありたい姿」の解像度がまだ粗いなら、もう少しクリアにしてみませんか?その後で就職先・転職先を選んだ方が、結果として効果的・効率的に「ありたい姿」に到達できる可能性が高いです。

 この記事は、特許庁が企業の知財人材向けに公開している「知財人材スキル標準(Version 2.0)」も題材にしながら、あなたの「ありたい姿」を実現可能性高く具体化することをサポートすることを目的としています。読み終わったとき、「10年後の自分を輝かせるための場所は、大企業の知財部ではないのかもしれない」、そんな気付きがひとりでも多くの方に生まれればと思います。

はじめに

 ありがたいことに第2回の記事発信の機会をいただきました。第1回の記事が比較的多くの方に読んでいただけたようです。私の記事は、特に「アクティブユーザーあたりのビュー」が多い傾向にあり、興味を持った方には何度も読んでいただいているものと好意的に捉えています(私自身が数百回閲覧しているだけではないと思いたいです…)。

 前回の記事の要旨は、「キャリアを能動的に設計することの重要性」と「そのための情報・ネットワークの重要性」の2点です。今回の記事では、「キャリアを能動的に設計することの重要性」について、特に知財業界への就職・転職を検討している若手の方々向けに、もう少し具体的に掘り下げてみたいと思います。知財業界への就職を志している大学生の皆さんや、研究開発職等の別職種から知財への転職を検討している若い皆さんの参考になれば幸いです。

「知財の仕事」をどのように選ぶのか

「とりあえず大企業の知財部」という選択は“安パイ”なのか?

 皆さんが「知財の仕事」を選ぶとき、どのように選ぶでしょうか?世の中には「就職人気企業ランキング」などがたくさんありますが、上位にランクインしているのは、ほぼもれなく大企業です。知財でもとりあえず大企業を選んでおけば、失敗するリスクは確かに低いかもしれません。

 しかし、「どの企業で働くか」以上に、「何が経験できるか」が重要だと私は思います。言い換えれば、「どのようなスキルが身に付けられるか」です。ここでいう「スキル」には、実際にはハードスキルとソフトスキルの双方が含まれます。しかし、「知財の仕事」に議論をフォーカスするために、ここでの論点はハードスキルに絞ることにします。

 知財に関するハードスキルを論じるのであれば、「知財人材スキル標準(Version 2.0)」に触れないわけにはいかないでしょう(以下では「知財スキル標準」ともいいます。)。Version 2.0に改訂されたのが2017年であり、情報に少々の古さはあるものの、検討のベースとしては十分だといえます。知財スキル標準の「全体マップ」部分を私なりに整理すると、下表のようになります。

企業での知財人材に求められる「知財スキル」※「知財人材スキル標準(Version 2.0)」に基づき筆者作成

 ここで留意すべきは、第一に、企業では知財業務の一部をアウトソーシングしている(場合がある)ということです。

 知財スキルを大きく2つに分けると、「戦略」スキルと「実行」スキルに分けることができるといえます。ここでいう「実行」とは、「戦略を遂行すること」を意味します。企業での知財業務において、「実行なき戦略」は机上の空論にすぎず、「戦略なき実行」は単なる作業にすぎません。つまり、「戦略」と「実行」は車の両輪の如き関係にあります。

 しかし、そのような関係にありながら、企業において「戦略」と「実行」の間にはヒエラルキーが存在するのが現実です。「戦略」が主(上)、「実行」が従(下)、という関係です。「実行」が基礎、「戦略」がその応用、と言い換えることもできます。それゆえ、若手が入社して最初に経験するのは、多くの場合は「実行」部分です。

 その一方で、「実行」部分、特に「実務」部分がアウトソースされているのもまた事実です。典型的には特許等の出願・権利化業務です。多くの企業、特に大企業において、出願・権利化業務は特許事務所等の代理人にアウトソースされています。(※1)

 つまり、企業における知財業務は、インハウスの知財人材と、それを支える専門家人材によって遂行されています。例えば出願・権利化業務でいえば、その専門性だけでいえば、インハウスの知財人材よりも代理人のほうが総じて高いのではないでしょうか。(※2)

 そうだとすると、若手が知財業務に初めて触れる場として、大企業の知財部は本当に“安パイ”なのか、誰にとっても無難な選択なのかは、熟慮すべきポイントだと私は考えます。より直接的に言ってしまうと、あらゆる知財業務の礎といえる「実務」スキルに「空洞化」の懸念があるということです。もちろん、大企業の知財部には、中小企業の知財部や特許事務所にない優れた点もたくさんあり、これを否定することが目的ではありません。私がここで強調したいのは、大企業の知財部がダメだということではなく、“とりあえず”大企業の知財部を選ぶという安易な行為に対する警鐘です。

 ・・・だとしたら、「知財の仕事」はどのように選べばよいのでしょうか?

どんな知財スキルをいつまでに獲得するか?

 ここで、知財スキル標準に対する第二の留意点をお伝えします。それは、知財スキル標準は、企業のインハウスの知財人材向けに体系化されたものであるということです。つまり、知財スキル標準は、特許事務所等の専門家人材には必ずしも当てはまらない、あるいは部分的にしか当てはまらない、ということです。

 皆さんがこの知財スキル標準、特に全体マップ部分を見たとき、ご自身の「Will」との結び付きが最も大きいところはどの部分でしょうか?超ざっくりと二分するならば、それが「戦略」部分であればあなたは「戦略家」タイプであり、「実行」部分であれば「専門家」タイプであるといえます。(※3)

 専門家タイプの方であれば、企業ではなく特許事務所等という選択肢もあっていいと思います。むしろ、「実務」スキルを手っ取り早く獲得したいなら、そういう選択肢こそ妥当であるとすら思います。例えば、出願・権利化業務の場合、1年当たりにこなす件数、すなわち経験の量でいえば、企業の知財部と特許事務所等では、後者に軍配が上がる可能性が極めて高いです。また、明細書や意見書・補正書等の品質を評価するにも、自分でゼロから書いた経験がある人、その経験が多い人のほうが、そうでない人よりも説得力があるのではないでしょうか。(※4)

 あるいは、全体マップを眺めてみて、ご自身のやりたいこと・やりたくないことが明確に存在する方は、専門家適性が高いのかもしれません。個人で完結するような業務スタイルが好きな方も、どちらかといえば専門家適性が高いといえます。そのような方にとってはともすると「煩わしいこと」が、企業においてはままあるのもまた事実です。

 専門家タイプの方は、全体マップの全てを網羅する必要は、必ずしもないといえます。そのような方にとっては、特許事務所等の専門家人材になるというのも一つの選択肢となります。もちろん、企業によっては専門職制度(※5)を導入し、管理職同等の処遇を得ながら専門性を尖らせていくことも可能です。専門家タイプの方にとっては、知財職にもそのような制度があるか否かが企業選びの重要なポイントになるかもしれません。あるいは、特許事務所から企業知財部への転職という選択肢も、将来的にはあってもいいと思います。

 また、戦略家タイプの方においても、やはり「実務」スキルは基礎であり“足腰”に相当するものですから、これをおろそかにすべきではありません。むしろ、戦略家を目指す人こそ、どのような実務スキルをどのような期間で獲得するかが重要になってくると私は考えます。特に、今後ジョブ型雇用がさらに進んだ場合には、戦略家になるための足腰を鍛える期間、すなわち下積み期間は、かつてのようなメンバーシップ型雇用の時代に比べて短くなることが予想されるからです。

 メンバーシップ型雇用を前提とした場合には、下積み期間をある程度長く確保することが可能でした。具体的には、「創造」・「保護」・「活用」の「実務」スキルの獲得に10年以上費やしてもよかったでしょう。リーダー経験なども積ませて「管理」スキルも獲得すると、院卒の生え抜き社員も30代後半となって、管理職に昇格するのに“ちょうど良い”お年頃になります。そして、晴れて管理職になって、ようやく自分の裁量で戦略家らしいことができるようになる、というキャリアパスは、大企業での“あるある”です。

 しかし、果たしてそれで本当にいいのでしょうか?私はこれでいいとは思いません。戦略家タイプの知財人材は、早ければ20代、遅くとも30代前半から戦略家としての経験を積むべきだと私は考えます。また、この記事をご覧になっている戦略家志望の皆さんも、きっと同じ思いを抱いているのではないでしょうか。それと同時に、「とはいえ基礎をおろそかにはしたくない」という思いも抱いていると想像(期待?)します。

 あなたが仮に院卒の25歳新人だとして、10年後までに戦略家としての一定以上の経験を積み、35歳頃には社内外で活躍している状態を「ありたい姿」だとしましょう。35歳で一定以上の「戦略」スキルも積んでいるとなると、その2、3年前にはひと通りの「実行」スキルを十分に積み終えている必要があります。それってどう実現するんでしょうか?無理ゲーですか?無理ゲーだとしたら、基礎スキルが中途半端でも良しとするか、「35歳」という目標を「40歳」くらいまで下方修正するか、どちらかしかないのでしょうか?

知財スキルとAI

 この問いに対する答えの一つは「AI」だと私は考えます。AIは、知財業務のさまざまな局面で圧倒的な「効率化」と「高度化」を実現しており、この流れは今後も加速していくでしょう。つまりAIは、無理ゲーをクリア可能にしていくゲームチェンジャーです。これまで1%未満の超優秀な人しか実現できなかったことを、10%、20%、あるいはそれ以上の人にも実現させる可能性があると私は期待しています。

 誤解してほしくないのは、例えば、中間処理に必要な時間が1/2になるから処理件数が2倍になり、経験値が2倍早く稼げる、といった単純な話ではないということです。AI活用によって業務を「高度化」することにこそ、AI活用の真の価値があると私は考えます。簡単に言えば、使い方次第では、初学者であってもベテランと見紛うような権利化方針が立てられる、それが極めて短時間で立てられる、ということです。つまり、AIを「代書屋」として活用するのではなく、自分のアウトプットの質を上げるための「壁打ち相手」として活用すべき、ということです。AIの活用で「試行」を増やして「思考」の質を高め、使い手がその過程でしっかりと学び取ることができれば、これまで数年を要していた実務スキルの習得を数分の一の期間で達成することが現実的なレベルになってきたと、私は(危機感も含めて)感じています。言い換えると、AIは、努力の“レバレッジ”を大幅に高める可能性があります。

 そうであるとすると、あなたを短期間で成長させることができるのは、「知財業務にAIを使いこなせる組織」なのかもしれません。それは必ずしも大企業の知財部であるとは限りませんし、そもそも企業であるとも限りません。このような観点は、戦略家タイプか専門家タイプかを問わず、就職先・転職先を選ぶ観点として今後ますます重要になると私は思います。(※6)

むすび

 ここまでいろいろと述べてきましたが、整理すると、

  • どのような知財スキルを獲得したいのか? ⇒「戦略家タイプ」か「専門家タイプ」か
  • そのために必要な知財スキルを“いつまでに”獲得したいのか? ⇒「ありたい姿」からのバックキャスト
  • どのような手段でそれを可能にするか? ⇒AI活用を含めた具体的なプラン、すなわち「成長の道筋」

という3点が、目指すキャリアの解像度を高めるためのポイントになると私は考えます。

 なお、昨今の知財人材は、「戦略家タイプ」と「専門家タイプ」に二分できるほど単純ではなく、実際にはもっと多様化しています。私がここで述べたことは、あくまでも検討の起点、叩き台程度と捉えた上で、ご自身の「ありたい姿」を具体的かつ詳細に掘り下げていってほしいと私は願っています。こういったことを考えることこそが、キャリアを能動的に設計することにほかなりません。

 さて、ここまで読んでくださった方であれば、「とりあえず大企業の知財部」という選択がいかに安易な選択であるかがおわかりになったと思います。「とりあえず大企業の知財部」という選択は、ローリスクどころか、むしろハイリスクだといえます。特に、目指すキャリアが具体的であればあるほど、安易な選択によるリスクは高まります。

 また、このようなことを具体的かつ詳細に掘り下げていくことで、就職先・転職先について収集すべき情報は当然変化していきます。表面上の美辞麗句に踊らされることなく、「この組織で自分の『ありたい姿(Will)』を実現することが可能そうか?」という眼で判断することができるようになるでしょう。そうすると、当然、採用面接等で投げかける質問のキレも格段にシャープになります。出願・権利化業務や調査業務にどのようにAIを活用しているのか、何を内製して何をアウトソースしているのか、その中で自分はどんなことが経験できるのか、なんてことが気になってくる方もいると思います。また、採用する側にとっても、そのようなことを真剣に考え、問いかけてくる応募者を採用したくなると思います。

 以上、今回も長々と書き連ねてしまいましたが、皆さんにとって少しでも参考になれば幸いです。また、前回・今回の記事に少しでも興味を持った方は、1/13(月)のセミナーの受講もご検討ください!不明点や疑問点がある方は、当日の質問も歓迎します。

 なお、「知財の仕事」として企業の知財部を選ぶに当たっては、その知財部のミッション(及びその企業理念との関係性)やKPI、管掌役員のポジションなども考慮すべき要素であると私は考えていますが、今回は紙面の都合上割愛しました。また、ハードスキルと同じかそれ以上にソフトスキルも重要と考えていますが、これも割愛しています。あるいは、これまで散々「知財の仕事」と書いてきたものの、実は知財は「手段」にすぎず、それ自体は「仕事」ではない未来があるかもしれない、とも考えています。このあたりについては、また別の機会にお伝えできればと思います。

  • 1 … 全ての大企業がそうであるわけではありません。内製と外注を巧みに使い分けている大企業もありますし、今後はAIを活用した内製が増える可能性もあります。
  • 2 … とはいえ、必ずそうだとも限らないので、代理人の品質管理、すなわち代理人評価が必要となるわけです。
  • 3 … この分類に従うと、IPLの専門家は「戦略家かつ専門家」という特殊な立ち位置になりますが、「超ざっくり」なのでご容赦ください。
  • 4 … 説得力だけでなく、相手の立場・都合を理解して応対できることも、地味にメリットがあると思います。
  • 5 … 企業により、「スペシャリスト」「エキスパート」などの呼び名もあります。
  • 6 … あくまでも一例ですが、私には以下のような企業に「使いこなし感」があります。https://note.exawizards.com/n/nd75add48f10d
    https://www.youtube.com/live/mfg7m9-K87Q?si=Xnaq3HbokzQrFd3Q
佐々木 純

株式会社アンドパッド 経営推進本部 知的財産部 マネージャー

オムロンにおけるIPランドスケープの立ち上げ・推進も実行し、著書・講演など多数。

2024年には株式会社アンドパッドに入社。入社と同時に設立された知的財産部にて知財機能を立ち上げつつ、これまでの経験を活かして特許調査、出願権利化などのあらゆる知財業務もこなしている。

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