知財実務教育で教えるべきこと・教え方

著者の自己紹介

弁理士の谷和紘と申します。

日本弁理士会の実務修習の講師を10年以上勤めており、また、日本弁理士会の育成塾の講師も務めております。そのバックグラウンドも有り、今回、GrIPさんの記事にて知財実務教育に関する記事を書かせていただくことになりました。

 私の経歴ですが、大学院の修士課程に在籍中に弁理士試験の勉強を開始しました。その後、特許事務所に就職し、3年間その事務所に勤務しました。その間に弁理士試験に合格し、シャープ株式会社の液晶技術の特許出願業務に2年間携わりました。その後、事務所に戻り、勤務および共同経営を経て、2023年5月に独立しました。

自身が実務教育を受けた経験、講師業での経験および自身が若手を指導した経験を踏まえて記事を書かせていただきたいと思います。この記事を読まれる方は、知財部員の方が多いと思います。

一方で、私のメインフィールドは明細書作成です。そのため、ややずれがあるかもしれません。そこで、実務の具体的な話をできるだけ減らして、若手に指導する時に私が注意していることを書かせていただきます。

若手の指導

 若手の指導において行うべきことは、マインドセットを習得してもらうことだと考えます。一つ一つの仕事をきちんとやる、チェックをちゃんとやるということです。凄く当たり前のことですが、忙しくなってくると意外と難しいことです。そして、この部分がきちんとできていないと、短期的に上手くやれても長期的に見ると失敗したり成長が鈍化したりします。これは、私が失敗した経験から出てくることです。

 私の得意分野の明細書作成で言えば、「誤記」のチェックなんかがそうです。私自身、若い頃は、「誤記」が多い人間でした。心の奥底に「誤記くらい」という考えがあったのだと思います。また、他責で申し訳ないのですが、「誤記」の多さをとがめる上司にも巡り合っていなかったのもあり、マインドセットができていなかったんだと考えます。しかしながら、多くの国に移行する案件を担当して、そこに誤記が有り、修正のためにクライアントや事務、海外代理人に多大なる迷惑をかけたことが有りました。この経験が自身の「誤記」に対する考え方を改める機会になりました。

 忙しくなると、どうしても仕事が雑になってしまうことが有ります。ただ、優秀な人はそんな状態でも雑にすることなく仕事をされます。そう考えると、忙しいというのは単なる言い訳であり、やっちゃいけないことだなと。で、そういうスタンスを指導者が指導を受ける人に見せてはいけないなと考えています。指導者が見せちゃうと指導を受けている人がこんなもんでいいんだと思っちゃうからです。そうすると、指導を受けている人の成長が止まってしまいます。当たり前すぎる話ですが、意外と難しいことだと思いますので、最初に書かせていただきました。

 もう一つは、初期のうちにできるだけ時間をかけてコミュニケーションをとることです。この際、指導者の考えについて理由をつけて説明することが大事だと考えます。私の場合、若手に明細書の作成の指導を行う場合、5回位(最初は下手したら10回位)の打ち合わせ兼フィードバックを行います。具体的には、打ち合わせ前の予習後、打ち合わせ後、メインクレームの作成後、従属項の作成後、背景技術の作成後、実施形態の発明の構成の作成後、実施形態の動作の作成後、実施形態の効果の作成後、変形例の作成後といった具合です。例えば、メインクレームを作成してもらったら、そのWORDに私が赤ペン先生をします。人によりますが、この際、私は方針を示すのではなく修正します。理由は、明細書の書き方が分からない人に方針だけ示してもどうしていいか分からず、悩む時間が無駄だからです。数学の問題を見て、分からなければ答えを見て考えるのと同じです。そして、ここからが大事で、赤ペン先生をしたものを見ながら1時間ほどその意図を説明します。修正した点について、例えば、ここは米国実務の観点で直したとか、侵害立証の観点で直したとか、ここは好みで直したとかを一つ一つ説明します。併せて、自身が良いと思う本を渡しておきます。こうすると、指導を受けている人は、「この前、説明していたことがこの本のここに書いてあるんだな」と気付くことができ、書籍で仕入れた知識と実務とをリンクさせることができます。

 以上のような修正&フィードバックを1件の出願で5回~10回行います。正直、自分で書いた方が早いと思うことも有ります(笑)ただし、半年~1年程度経って慣れてくると、チェックの回数が3回位まで減ってきます。この段階に来ると、自分が全部書くよりは楽になります。そういう意味では、明細書作成の指導者は好きじゃなければしんどくてやってられない仕事かもしれません。

 今回は、特に実務を始めようとする若い人の指導をイメージして、マインドセットとコミュニケーションを中心にお話しさせていただきました。皆様の参考になれば幸いです。

谷 和紘

​​弁理士会実務修習「明細書の在り方演習」講師(大阪機械)|弁理士会育成塾講師(機械)|裁判所専門委員|知財実務情報Lab.®専門家チーム|知財塾相談役|KTKクレドラ班班長|2025M1・1回戦敗退|専門分野:ソフト・機械・電気|阪大→阪大院→特許事務所→シャープ液晶特許→特許事務所|2002年弁理士登録|

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