知財戦略史 — 企業事例から未来を読む

イントロダクション

知的財産(IP)は、企業競争力を支える大切な資産です。本連載では、日本と海外の主要企業21社を取り上げ、それぞれの知財戦略を歴史的な流れの中で紹介していきます。

特許や商標、著作権、データ利用権といった知財は、製品やサービスの差別化だけでなく、標準化や市場のルールづくりにも関わるものです。つまり、経営戦略そのものと切り離せない存在になっています。

分野別にみる主要企業と知財戦略

自動車・モビリティ
トヨタ自動車(日本)

 ハイブリッド車(HV)・燃料電池車(FCV)・電気自動車(EV)で数万件規模の特許を持ち、特許開放やクロスライセンスを通じて市場拡大をリードしています。

 参考文献:トヨタ『統合報告書 2023』、特許庁『特許出願動向調査報告書 2023』

Honda(日本)

 環境対応技術を得意とし、特に燃費改善技術に関する特許が多いのが特徴です。

 参考文献:特許庁『特許出願動向調査報告書 2023』

BYD(中国)

 EVやPHEVを中心に急成長しており、電池やモーター制御に関する特許を武器にしています。

 参考文献:BYD『Annual Report 2022』

Tesla(米国・参考)

 EV関連特許をオープン化し、市場拡大を優先する独自の戦略をとっています。

 参考文献:Tesla『Patent Pledge 2014』

電機・エレクトロニクス
ソニーグループ(日本)

 映像・音響・ゲームを展開し、CMOSセンサーやゲーム関連特許が収益の柱になっています。

 参考文献:ソニー『統合報告書 2023』

任天堂(日本)

 キャラクターIPや遊びに関する特許・意匠を組み合わせ、模倣しにくい知財戦略を展開しています。

 参考文献:任天堂「知的財産の活用について」公式サイト

ファナック(日本)

 産業用ロボットで世界トップクラス。制御ソフトやロボット動作の特許が強みです。

 参考文献:ファナック『有価証券報告書 2023年3月期』

キヤノン(日本)

 精密光学や事務機器に強く、半導体露光装置や光学レンズ関連の特許が柱になっています。

 参考文献:キヤノン『知的財産活動報告書 2023』

Apple(米国)

 デザイン特許やUI特許を武器に、サムスンとの訴訟でも注目されました。

 参考文献:Apple v. Samsung, 678 F.3d 1314 (Fed. Cir. 2012)

Samsung(韓国)

 半導体や通信、ディスプレイの大手。標準必須特許(SEP)を多く持ち、国際標準化でも存在感を発揮しています。

 参考文献:Samsung『Annual Report 2022』

IBM(米国)

 ソフトウェアやAI、量子コンピュータ分野で世界有数の特許数を誇っています。

 参考文献:IBM『Annual Report 2022』

Huawei(中国)

 5G関連の標準必須特許を多数保有し、標準化活動を通じて交渉力を高めています。

 参考文献:Huawei『Intellectual Property Rights White Paper 2022』

化学・バイオ・製薬
三菱ケミカル(日本)

 高分子材料やバイオ素材に力を入れ、環境関連技術の特許を強化しています。

 参考文献:三菱ケミカルグループ『統合報告書 2023』

信越化学(日本)

 半導体シリコンウエハで世界シェア1位。素材特許と長期供給契約を組み合わせて強い地位を築いています。

 参考文献:信越化学工業『統合報告書 2023』

味の素(日本)

 アミノ酸や発酵技術の特許を活かし、食品・バイオ分野でグローバルに展開しています。

 参考文献:味の素『統合報告書 2023』

DuPont(米国)

 化学の老舗企業で、高分子材料などの特許をライセンス収益に活用しています。

 参考文献:DuPont『Annual Report 2022』

Bayer(ドイツ)

 医薬と農薬の大手。医薬品の特許とブランド商標を組み合わせて事業を展開しています。

 参考文献:Bayer『Annual Report 2022』

Roche(スイス)

 分子標的薬と診断薬の二本柱を持ち、医薬と診断特許を組み合わせて安定した収益モデルを築いています。

 参考文献:Roche『Annual Report 2022』

Pfizer(米国)

 mRNAワクチン関連の特許を含め、近年はパンデミック対応で強みを発揮しました。

 参考文献:Pfizer『Annual Report 2022』

Monsanto(米国/現Bayer傘下)

 遺伝子組換え種子や農薬の特許を通じて農業分野で強い影響力を持っていました。

 参考文献:Monsanto『Annual Report 2017』

AI・デジタル
Google(Alphabet, 米国)

 AIやクラウド、データ関連特許を強化し、商標やサービス規約を組み合わせて市場を支配しています。

 参考文献:Google「Motorola Mobility Acquisition」公式発表(2012年)

OpenAI(米国)

 生成AIモデルを公開しつつ、API利用規約を通じて商用利用をコントロールしています。

 参考文献:OpenAI API 利用規約(2023年版)

NVIDIA(米国)

 GPUアーキテクチャ特許やCUDAソフトを武器に、AI分野で独占的な地位を築いています。

 参考文献:NVIDIA『Annual Report 2022』

DeepMind(英国)

 アルゴリズム関連の特許や論文を通じ、AIの基盤技術に強い影響を与えています。

 参考文献:DeepMind Publications & Patent Database

Baidu(中国)

 自動運転や音声認識に関する特許を急速に増やし、AI企業へのシフトを進めています。

 参考文献:Baidu『Annual Report 2022』

各社事例の概観

日本企業は製造業を中心に、モビリティ・光学・バイオの分野で独自の知財戦略を築いてきました。海外企業はICT・バイオ・AI分野で「標準化」や「オープン戦略」をうまく活用し、市場ルールそのものを作り出している点が特徴的です。

今回のまとめ

今回はイントロダクションとして、分野ごとに主要企業の事業と知財戦略をざっと見てきました。次回からは具体的に、トヨタのハイブリッド技術における知財戦略を掘り下げていきます。

総合参考文献

特許庁『特許出願動向調査報告書』2023年版

経済産業省『知的財産戦略ビジョン』2021年版

各社『統合報告書』『Annual Report』、企業公式サイト、判例文書

WIPO『World Intellectual Property Indicators 2022』

小澤 良太朗

電子部品、化学分野などのメーカーで、特許出願権利化・調査などを行ってきた知財マンの一人です。今も知財業界のすみっこでひっそりと暮らしています。

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