知財・情報フェアを歩いた上村が独自の視点で情報フェアの見どころをまとめました。
知的財産分野の人工知能(AI)ツールで機能の同質化が進むなか、事業開発支援のHackCamp(東京、菊地愛代表)が異なる路線を示した。9月16〜18日に東京ビッグサイト(東京・江東)で開かれた「2026知財・情報フェア&コンファレンス」で、知識グラフと大規模言語モデル(LLM)を組み合わせる「GraphRAG」を掲げ、特許・技術・市場・経営戦略を一つの構造に載せる仕組みを出展した。会場でこの技術に言及した出展社は同社だけだった。
同フェアには171社・団体が出展し、うち86社がAIを組み込んだ製品を掲げた(筆者集計)。全体の約半数にあたる。だが明細書作成や特許調査では各社の訴求点が重なり、昨年まで先進的とされた技術の多くが複数社に広がっている。
「AIが選択肢を広げ、決めるのは人」
HackCampの製品は事業開発AIエージェント「共創ナビivan」。知財や技術の情報を起点に市場機会を探り、AIが用途仮説を出し、人が意味づけを加えて事業アイデアに仕立てる。
技術の中核にGraphRAGを据える。一般的なRAG(検索拡張生成)は、文書をベクトル化して類似度の高い断片を引き、LLMに渡す。この方式では「似た文章」は探せるが、要素どうしの関係は持たない。GraphRAGは文書からエンティティと関係を抽出してグラフ構造をつくり、そのつながりを辿って回答を組み立てる。
同社は特許・技術・顧客課題・市場・経営戦略を同じグラフに載せる。「この特許が、どの顧客課題に効き、どの事業の戦略に紐づくか」を構造として扱うためだ。眠っている特許を収益事業に変えるという目的に対して、断片検索では届かないという判断がある。
設計思想は「AIが選択肢を広げ、決めるのは人」。AIエージェントを全自動にせず、人が判断を挟む工程を組み込む「ヒューマン・イン・ザ・ループ(HITL)」を採る。菊地代表は「AIと人間が互いに補い合いながら課題を解決していく。全てをAIで自動化することはできない」と説明する。
根拠は同社の来歴にある。2014年の設立以来、ワークショップ運営を主力とし、事業化支援や経営ビジョン策定を1000件以上手がけてきた。そこで得た結論が「事業開発で最も重要なのは人の想いと組織を巻き込む力」だったという。ivanは、10年間の運営で確立したメソッドを生成AIと組み合わせ、より多くの企業が使える形にしたものと位置づける。
菊地氏は上智大学卒業後、パーソルキャリアで求人広告の営業に従事し、2016年に正社員第一号としてHackCampに入社した。事業開発責任者を経て2025年7月に社長に就いた。同氏が掲げるのは「共創の民主化」だ。企業とスタートアップの連携を指す従来の共創より広く、「異なる立場、異なる役割を持つ人々が、自らの立場や役割を超えて、主体的に動いて互いに補い、高め合いながら目指すべき姿に向かう」ことを指すという。
ivanは三菱電機、知的財産研究教育財団との三者協働で開発した。2025年度グッドデザイン賞を受賞し、「眠る知財を社会的価値に転換する仕組み」と評価された。
背景にある同質化
同社の展示が目立った背景には、AI機能の急速な横並びがある。
今年の目玉とされたのが、LLMと外部データベースをつなぐ規格「MCP(Model Context Protocol)」への対応だ。生成AIに特許データを直接参照させ、事実に基づかない回答を抑える狙いがある。
パテント・インテグレーションは特許読解支援AI「サマリア」をMCPに対応させ、米アンソロピックの「Claude」や米オープンAIの「ChatGPT」から同社の特許データベースを引けるようにした。AI Samuraiは7月に「IP Samurai MCPサーバー」の提供を始めた。amplified aiはAPI(応用プログラムインターフェース)とMCPの両方で自社データを外部から使える構成をとる。英クラリベイトも5月、特許・商標・訴訟データをAIエージェントに接続する基盤「IPOne」を発表している。
4社が同じ方向を向いた。差別化の要素としては、すでに成立していない。
特許データだけで訓練した専用LLMも広がった。韓国ワートインテリジェンスの「PlutoLM」は106法域・1億7000万件の特許文献で訓練した。Patentfieldは4月、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の懸賞金プログラム「GENIAC-PRIZE」で特別賞を受け、その成果を引き継ぐ特許特化LLM「Dシリーズ」をフェアで初公開した。設計思想には差があるが、「専用LLMを持っているか」という問いでは両社を区別できない。
発明情報を社外に出さないオンプレミス型も複数社が掲げた。トランスエヌはオープンソースLLMを完全オンプレミス環境で動かす専用機「N-Patent」を展示。ユアサポは生成文書をローカルPCのみに保存する仕様、AIVisorは国内サーバー完結を掲げる。AI搭載86社のうち14社が処理環境を明記していた。機密性はもはや標準装備に近い。
同じ構図の4社
HackCampのほかにも、他社が手を付けていない領域に踏み込んだ企業がある。86社の展示内容を照合したところ、4社が該当した。共通するのは、機能の優劣ではなく前提条件で勝負している点だ。
アイビーリサーチ GPUを使わない選択
アイビーリサーチ(東京)の特許文書生成AI「AIPs」は、画像処理半導体(GPU)を使わずCPUだけで動く。同社は「業界初」としている。
オンプレミス型は他社にもあるが、いずれもGPUを載せたサーバーが前提になる。導入には相応の設備と運用体制が要る。AIPsはスタンドアロンのパソコンで動作し、インターネットに接続しない。
これを可能にしているのが学習データの絞り込みだ。同社は審査を通った特許登録公報だけを数万件学習させた。汎用の知識を削り、特許明細書の書式と論理構造に特化させることでモデルを小さくしている。図面や化学式の画像から発明内容を読み取る機能も持つ。出力は段落単位で生成し、その都度確認・修正しながら組み上げる。一括生成して後から直すのではなく、書きながら判断を挟む構成だ。
同社は権利無効化資料の調査で培ったノウハウを持ち、22年前から特許業務支援ソフトを開発してきた。機密性を売り文句にする製品は今年ほぼ標準になったが、要求スペックを下げて導入障壁ごと外したのは同社だけだった。
ワートインテリジェンス 「検索の時代は終わった」
韓国ワートインテリジェンスは、化学構造式の画像を1枚アップロードするだけで特許を検索する機能を9月に正式リリースした。IUPAC名、SMILES、InChIKeyのいずれの表記にも対応し、日本語検索もできる。
化学構造検索は化学情報協会の「CAS IP Finder」も提供するが、構造を描くか記法で入力する方式だ。論文や社内資料に載っている構造式の画像をそのまま投げられる設計は他にない。
同社は汎用LLMについて「請求項一行の解釈や技術的等価性の判断で限界を示す」とし、そこを狙ってPlutoLMを開発したと説明する。尹貞鎬(ユン・ジョンホ)代表は弁理士と米国弁護士の資格を持つ。同氏は「検索の時代は終わり、推論の時代が始まった」と表現する。ユーザーが検索式を磨いて結果を得る構造から、AIが問いに対して分析と洞察を返す構造への転換を指す。「情報取得」から「意思決定支援」への移行だという。
導入企業からは、数日を要していた調査が10分に縮んだとの声があるとしている。LG電子が全社規模で採用した。同社は7月に1090万ドル(約16億円)を調達し、日本市場に参入している。
TRIART 図面を画像として比べる
TRIART(福岡)の「MIIDEL」は、AI画像認識で新旧の図面・書類の差分を検出する。2014年に投入し、導入は400社を超えた。
技術の勘所は比較の前処理にある。A3とA4で縮尺が違う、紙をスキャンして歪んでいる、行や部品情報が追加されてレイアウトがずれている——現場の図面はそのまま重ねられない。MIIDELは2018年に搭載した自動解析機能で、拡大縮小、回転、部分的な伸縮をAIが補正し、同じ縮尺・角度・レイアウトに揃えてから重ね合わせる。複数ページも全自動で調整する。
もともと建設業と自動車製造業向けで、知財専用ではない。電通総研も販売している。明細書のテキストを校正するツールは複数社が出展したが、図面を画像として突き合わせる製品は同社だけだった。知財ベンダーが手を付けてこなかった層に、別業界から入ってきた形になる。
IP-RoBo 弁護士がAIを書いた
IP-RoBo(東京・港)の商標調査AI「TM-RoBo」は、結合商標の判定機能を持つ。複数の語を組み合わせた商標を自動で分割し、語ごとに称呼を付け、識別力を算出して類似の可能性を判断する。
同社は「うるリップ氷柱サウスポイント」という例を挙げる。これを4つのキーワードに自動分解し、各語の識別力をスコアで示す。漢字・カタカナ・英数字が混在しても処理できる。
開発の壁は日本語処理そのものにあった。一般的な形態素解析は辞書に載っている語を前提とするため、商標に多い造語を分割できない。同社は独自手法を採用し(詳細は非公開)、この機能の開発に2年を要したという。実装しているのは国内外で同社だけだとしている。
類似判定の学習データは、特許庁と裁判所の過去の判断結果だ。審査官や裁判官が「似ている」「似ていない」と判断した実績を機械学習し、出願しようとする商標と全登録商標の類似度をスコア化する。従来は数百件を目視で確認する必要があったが、上位1〜2割を見れば足りるようになったとする。
代表取締役の岩原将文氏は経歴が変わっている。大阪大学情報工学科で機械学習を研究した後、広告代理店を経て弁護士に転じた。明治大学の「法律のAI化」プロジェクトに参加しながら、知財専門の弁護士として20年以上活動している。創業の動機について同氏は、「特許・商標という最先端分野を扱いながら、調査方法は極めて古い」という矛盾を挙げる。第3次AIブームで研究を始め、専門家と同等の精度に届いた段階で会社を興した。
差別化の軸、機能から実装へ
5社に共通するのは、機能そのものではなく実装の条件で差をつけている点だ。
グラフ構造か断片検索か。GPUが要るか要らないか。テキストか画像か。文字商標か結合商標か。いずれも「何ができるか」ではなく「どういう条件で動くか」の違いである。
背景には知財部門の購買基準の変化がある。未公開の発明情報を扱う以上、精度より先に「どこでデータが処理されるか」が導入の可否を決める。機能の比較表に載る前に、セキュリティ要件で候補が絞られる構図になりつつある。
HackCampがグラフ構造を選び、アイビーリサーチがGPUを外し、ワートインテリジェンスが画像入力を開き、IP-RoBoが造語の分割に2年かけたのは、いずれも「できること」を増やす投資ではない。使える場面を広げる投資である。
AIの限界を検証する側の動きもある。特許庁登録の調査機関である工業所有権協力センター(IPCC)は、ブースセミナーの演題を「そのAIの回答、信じて大丈夫ですか?」とした。同センターは1000人超のサーチャーを擁する。AI製品は持たない。
AI導入の伴走を掲げる企業も出てきた。AIDAOは技術者を顧客企業に常駐させる「FDE(Forward Deployed Engineer)」方式を採り、知財部門が自らAIを運用できる状態までを目標に置く。
次の1年で問われるもの
MCP対応も専用LLMも、1年で複数社に広がった。今年「唯一」だった5社の技術が来年も唯一である保証はない。
ただし、グラフ構造の設計やGPU不要の実装、画像入力への対応は、モデルの性能競争とは別の軸にある。データを外に出せない顧客を相手にする限り、実装条件の制約は消えない。
出展社の説明文から「AIが全部やります」という訴求が姿を消した点も今年の特徴だ。NTTデータは発明発掘支援サービスについて「AIが発明を自動生成するものではない」と明記する。スズエ国際特許事務所は、AIが構造化した出力を弁理士が精査する工程を業務モデルとして示した。HackCampの菊地代表も「全てをAIで自動化することはできない」と述べる。
速さを売りながら、責任の所在は人に残す。2026年の知財AIは、その形に収れんしつつある。

コメント