はじめに
スマートワークス株式会社 代表の酒井美里と申します。知財調査を専門にして、気がつけば35年。事業会社の知財部(出願権利化業務)を経て調査子会社に移り、2005年に調査会社を開業。ずっと「調べて、伝える」ことを仕事にしてきました。
この記事では、私が調査担当として一番こたえた、そしてなかなか克服できなかった失敗の話をします。ちなみに「検索漏れ」などの技術的ミスではありません。調査結果の「伝え方」での失敗です。
「結論が分からない」と、こっぴどく叱られた日
以前の勤務先に、社内でも先端研究を担う研究部門の部門長 ―― 研究所長のような立場の方がいました。30才そこそこの頃、その方に調査結果を報告する機会があったのです。
当時の私は、報告ではとにかく事実を淡々と列挙していました。自分の考えはあまり書かない。それが調査担当のあるべきスタイルだと思っていたのです。理由ははっきりしていて、私は弁理士資格を持っていません。それもあって「解釈に踏み込みすぎてはいけない。調査担当は事実を伝える役割」という気持ちが、いつも心のどこかにありました。
その日も、いつも通り淡々と説明を始めました。すると ―― ものすごく叱られたのです。「結論が分からない。まず結論を30秒で説明してくれ」と。
誤解のないように言うと、その方は厳しい方でしたが、決して理不尽ではありません。部下に慕われ、私自身も尊敬していた部門長でした。
その方が率いていたのは、世界中の企業が新技術の先陣争いをしている、まさに最先端の研究領域でした。ライバルの動きを横目に、何に注力し何を中断するかを日々スピードで判断していかなければならない部門です。自分自身、だいぶ後になってハッとしたのです。そういう立場の人にとって、「まず欲しいのは結論」なのだと。根拠や肉付けは、その後でいい。端から順に説明されるのは、忙しい現場では拷問にも近いですよね。だからあの「結論を30秒で」だったのです。あらためて振り返ると叱られて当然だった、と、今でも申し訳ない気持ちになる苦い思い出です。
報告書からは「違和感」が抜け落ちる
似た話が、独立してからもありました。
お客様は、創業家が率いる大手メーカーの、経営に近い立場の方です。この会社はとにかく意思決定が速い。トップが人脈と直感で「いけそうだ」と思えばまず動き、詳細は後から詰める。提携でも買収でも、ときに大企業のM&A担当者より素早く判断していく ―― そういう企業文化でした。(実際、ある案件では両社の特許分析を1週間で仕上げてほしい、というスピード感だったほどです。)
この頃の私は、相手の職位や立場を考えてコンパクトに結論を伝える、ということは意識できるようになっていました。それでも、自分の感想や所見を書くことには、まだためらいが残っていたと思います。
その方に言われたのです。「調査中に気づいたことや、おやっと思ったこと ―― 違和感があった部分を聞きたい」と。なぜなら、報告書というかたちにまとまってしまうと、そういう驚きや違和感はきれいに抜け落ちてしまうから。そここそ聞きたいのだ、と。
後から思えば、当然の要望でした。トップが高速で「やる/やめる」を決めていく会社では、現場が欲しいのは判断材料です。「ビジネスになるなら早くまとめたい。でも筋の悪い話なら、いさぎよく諦めたい」。その分かれ目を見極めるのに、整った報告書の事実だけでは足りない。むしろ、調べた本人が現場で覚えた違和感、たとえば「この組み合わせは、どうも噛み合わない気がする」「こんなに広告を打っているのに出願が見当たらない」といった感覚こそが、決断を後押ししたり、思いとどまらせたりするのです。
二人の立場ある方が、表現や方向性は違えど、同じことを求めていました。事実の羅列ではなく、調べた本人なりの判断や気づきを聞きたい、ということです。
踏み込んでいい領域と、ダメな領域
とはいえ冒頭で「(頭でわかっていても)なかなか克服できなかった」と書きました。資格を持たない調査担当は、どこまで踏み込んでいいのか、自分の気付きには本当に価値があるのか、という迷いがずっとあったからです。どちらかというと後者、情報の価値に関する悩みの方が大きかったと思います。
まず前者「どこまで踏み込んでいいのか」に関しては、現在自分が採用している線引きはとてもシンプルです。判断の根拠が「公報や公開情報に書いてあること」かどうか。これだけです。
もちろん権利解釈にあたる意見やコメントは、徹底的に回避します。たとえば ――
- 「請求項に〇〇という構成要件が含まれます」→ 公報に書いてある事実はOK。
- 「その設計だと侵害のおそれがありそうです」→ 権利範囲の解釈なのでNGです。
一方で、技術動向についての気づきは、封じる必要はない、と考えています。もちろん「事実」と「推測」を分ける必要はありますが。たとえば「2023年から突然、ナノレンズの出願が増えています。実施例はほとんどが〇〇なので、出願人は自社製品との相乗効果を狙っているのかもしれません」という所見。これは ――
- 出願が増えている(出願の件数=事実)
- 実施例は〇〇(公報に記載されている=事実)
- 製品の存在や発売時期(Webサイトやニュース=事実)
これらの事実をつないで開発の方向性を推測している、ということになります。これは封じる必要はない情報、と判断しています。
線引きが決まれば、「どこまで踏み込むか」の迷いは小さくできます。でも、もうひとつの「自分の気づきに、本当に価値があるのか」この迷いは、正直に言うと今でも顔を出します。
その気づきに価値はあるのか
理由は自分でも分かっています。自分にとって一瞬でわかること、苦労せずに見えてしまうことは、つい「大した価値じゃない」と感じてしまうのです。でも、調査案件の時には意識して「大丈夫、価値がある」と自分に言い聞かせるようにしています。データベースは誰でも使えますし、今はAIが検索から集計、分析まで手伝ってくれる時代です。事実の一覧そのものの希少性は、むしろ下がっている。だとしたら、お金を払ってでも欲しいのは、その一覧を見て「おや?」と思える目のほうではないでしょうか。何百万件とデータを見てきた人にしか発火しないその違和感は、当てずっぽうの感想ではなく、経験で鍛えられた直観なのだと思います。
そして何より、ここまで書いた二人、「30秒で」と言った部門長も、決断の速い経営層も、いずれもが整った報告書ではなく「コンパクトなまとめ」「検索途上での気づき」を欲しがりました。判断の最前線にいる人ほど、それを求めたということは「気づきに価値があるのか?」という問いに対する、何よりの答えだと思っています。
だから、若手のみなさんにも伝えたいです。サーチした人の気付きには、ちゃんと価値があります。簡単に気づけたことほど自分では価値がないように感じるけれど、その「楽に見えてしまうこと」こそ、あなたがすでに積み上げてきた力の証拠です。それでも怖かったらぎゅっとコンパクトにまとめて、そっと報告書に差し込んでみましょう!
そのうえで、もうひとつだけ。私自身、いまだに「自分の気づきに価値はあるのか」としょっちゅう疑っています。でも、その小さな不安は、無理になくさなくていいと思っています。だって、心から「自分の気づきって完璧!」と確信してしまった日は、たぶん自分を鍛えるのをやめてしまう日ですよね。時々顔を出す不安は学びの原動力になってくれています。
おわりに
いい検索式を組んで、漏れなく調べ上げる。それは調査の土台で、もちろん大事です。でも、調査結果はリストを渡して終わりではありません。相手に受け取られ、判断に使われて、はじめて「いい調査」になります。
欲しい情報も、好みのまとめ方も、人それぞれです。だからこそ、事業内容や相手の立場を考えて「受け取りやすいまとめ方」「端的で伝わりやすい伝え方」を選ぶ。それも調査担当の腕の見せどころです。AIが多くの業務に入ってくる現在だからこそ、伝える力や考える力、言語化する力など、業界やツールを問わない「ポータブルスキル」を大切にしていきたいですね!

Patent Information Specialist | 特許調査入門(第3版)著者
特許庁長官賞 | QPIP™ | J-GLOBAL検討委員
特許検索競技大会 第1回優勝・現実行委員
スマートワークス株式会社 代表取締役
路上観察と野菜の目利きが趣味です

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