前回は、競合のタイプに応じて施策の組み合わせを変える、という話をしました。相手が大手なのか、模倣店なのか、差別化店なのかで、打つ手は変わる。相手を知ることが、施策を効かせる第一歩だ、という内容でした。
ですが、相手に合わせて打ち手を考えていくと、すぐに壁にぶつかります。
「やりたいことは分かった。でも、そんなに手が回らない」。
その通りなのです。知財部門には、人も、予算も、期限もあります。すべての競合に、すべての施策を、完璧に打つことなどできません。
ここで必要になるのが、実現性の検討です。
あれもこれもやりたい、という選択肢を、「うちの手持ちで、本当に成り立つのはどれか」という目で篩にかけ、検討の対象を絞っていく。これは、戦略を決める工程ではありません。決める前に、現実味のない選択肢を落とし、勝負どころに近づけていく工程です。
今回は、その篩の物差しとして、リソース・ベースド・ビュー(RBV)という考え方を紹介します。
1.「全部はできない」から始める
繁盛しているラーメン店の店主に戻りましょう。
店主のあなたは、本当はいろいろやりたいはずです。新メニューを開発したい。内装をきれいにしたい。SNSをもっと発信したい。常連向けのイベントもやりたい。接客も改善したい。
でも、現実には、手は二本、一日は24時間、お金も限られています。
全部に手を出せば、どれも中途半端になります。気づけば、いちばん大事なスープの仕込みがおろそかになっていた、ということにもなりかねません。
知財部門も同じです。
出願も増やしたい、競合ウォッチもしたい、契約も見直したい、職務発明規程も整えたい、社内教育もしたい……。やりたいことを挙げればきりがありません。ですが、担当者は数人、予算は決まっていて、期末は待ってくれません。
だからこそ、「何に絞るか」を見極める物差しが要ります。
ここでいう「絞る」とは、今この場で最終決定することではありません。現実的に成り立つ候補へ、検討の的を寄せていくことです。
2.強みは「内側」にある―RBVの考え方
ここで役に立つのが、リソース・ベースド・ビュー(RBV)という考え方です。
少し難しそうな名前ですが、言っていることはシンプルです。
「会社の本当の強みは、外の市場ではなく、自分の内側にある資源(リソース)から生まれる」というものです。
ラーメン店でいえば、立地や流行といった外の条件も大事ですが、本当に他店と差がつくのは、長年かけて磨いたスープの技術や、常連を離さない接客、無駄のない仕込みの段取りといった、その店が内側に持っているものです。
そして、限られた力を張るべきなのは、この「内側の強み」のなかでも、特に競争優位の源泉になっているものです。
では、どれが本当の強みで、どれなら現実に守りきれるのか。それを見分ける四つの問いが、VRIOです。
3.VRIO―四つの問いで「守りきれる強み」を見分ける
VRIOは、ある資源が「守る価値があり、かつ守りきれる強みか」を、四つの問いで確かめる道具です。ラーメン店のスープを例に見てみましょう。
V(Value:価値があるか)
その資源は、客を呼べますか。売上につながりますか。
スープの味は、客を呼べます。これは価値があります。一方、券売機の色は、正直、客足にはほとんど関係ありません。価値の問いで、まず「効くもの」と「効かないもの」を分けます。
R(Rarity:希少か)
それは、他店も持っていますか。
おいしいスープを出す店は、実はたくさんあります。だとすれば、「おいしい」だけでは希少とは言えません。「この味は、ここでしか出せない」と言えて初めて、希少性があります。
I(Imitability:真似しにくいか)
それは、競合がすぐ真似できますか。
メニュー名や盛り付けは、見ればすぐ真似されます。しかし、長年かけて勘で覚えた火加減や配合は、レシピを渡されても再現できません。簡単に真似できないものほど、強みは長持ちします。ここは実現性の検討で特に大事な問いです。「やれるか」だけでなく、「真似されずにやり続けられるか」まで見ているからです。
O(Organization:組織として活かせているか)
最後が、意外と見落とされる問いです。
どんなに良いスープでも、それを毎日同じ味で出せる仕組みがなければ、強みになりません。店主一人しか作れず、その人が休んだら味が落ちる――これでは、価値ある資源を組織として活かせていない、ということです。良い資源を持っていることと、それを自社で回せることは、別の話なのです。
この四つを通ったものが、「守る価値があり、かつ守りきれる強み」です。限られた人・予算・期限を向けるべき候補は、まずここに集まります。
4.VRIOで「検討に値する候補」を絞る
VRIOで強みを見分けると、第3回・第4回で見た施策の、検討の優先度も見えてきます。
価値があり(V)、希少で(R)、真似しにくく(I)、組織で活かせている(O)資源は、その店の生命線です。構造的に守られている中核なので、秘匿で固く守り、漏れないよう契約でも縛る。守りきれる実現性が高い、有力な候補です。
逆に、価値はあるけれど真似されやすいもの(Vはあるが、Iが弱い)は、放っておくと一番危ない弱点です。ここは権利化でピンポイントに押さえれば守りきれる。第3回でいう「見える強みのうち、失うと痛いもの」が、まさにこれにあたります。ここも有力な候補です。
価値の低いもの(Vが乏しいもの)は、そもそも力を入れる意味が薄い。検討の対象から、いったん外してかまいません。
大事なのは、これは「ここに資源を全部投じる」と決め切る作業ではない、ということです。あくまで、「守る価値があり、かつ守りきれるのはどれか」で、検討すべき候補を絞り込む作業です。最終的にどれを選ぶかは、自社の組織の事情も入れて、次回考えます。
5.知財実務に置き換える
ここからは視点を変えて、特許が主戦場となる業界の知財部門で考えてみましょう。
知財部門も、人・予算・期限という制約のなかで動いています。すべての技術を出願し、すべての競合を監視し、すべての契約を精査することはできません。だからこそ、VRIOで「どの技術・資産なら守る価値があり、守りきれるのか」を見極め、候補を絞ります。
特に大事なのが、最後のO(組織)です。
良い特許を持っていても、それだけでは強みになりません。その特許を、事業部がきちんと製品に使っているか。侵害があったときに、法務や経営と連携して動ける体制があるか。開発部門が、その権利を意識して次の開発を進めているか。こうした「組織として活かす仕組み」がなければ、特許は登録証が一枚あるだけの、眠った資産になってしまいます。
つまりVRIOのOは、「その強みを、自社で本当に回せるのか」という実現性そのものを問うています。そしてこの問いに正面から答えるのが、次回のテーマです。
まとめ―「身の丈」を知ることが出発点
今回は、「全部はできない」という前提から出発しました。
人・予算・期限は、いつも足りません。だからこそ、RBVで「内側の強み」に目を向け、VRIOの四つの問い―価値・希少性・模倣困難性・組織―で、守る価値があり、かつ守りきれるものを見極める。そして、現実味のない選択肢を篩から落とし、身の丈に合った勝負どころへ、検討を絞っていく。
これは、戦略を決める工程ではありません。決める前に、地に足のついた候補だけを残す「実現性検討」です。
すべてを守ろうとしないこと。自分の身の丈を正しく知ること。これが、限られた力で成果を出すための出発点です。
篩にかけて、守りきれる候補が見えてきました。
次回はいよいよ最終回です。絞り込んだ候補の中から、自社の組織に合う戦略を選び(決定)、それを開発や事業部門の現場の動きに落とし込む(実装)話に入ります。そして、ここまで積み上げてきた全体が一つにつながった、知財戦略の「あるべき姿」を描きます。

大手電機メーカーの知的財産本部でおよそ22年間、同社の出願・権利化・ライセンス活動と、組織運営・改革に従事。特許技術部の部長として、知財戦略活動を統括した。退職後、知財戦略ラボラトリーを起ち上げ、知財戦略の研究と企業へのアドバイスを行なっている。




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