生成AIで知財デューデリジェンスはどこまで効率化できるか─セミナー振り返り

2026年7月22日、GrIP主催のオンラインセミナー「投資検討時の分析にAIを用いた効率化─知財DDマニュアルの作成に携わった専門家が解説する投資検討時の分析手法」を開催した。特許庁のVC-IPAS事業で公開された「キャピタリストのための知的財産デューデリジェンスマニュアル」を背景に、生成AIを使ってスタートアップ投資・M&A・事業提携時の知財DD(デューデリジェンス)をどこまで効率化できるかを、90分にわたって実践的に解説した。本記事では当日の要点を、実際のライブデモの中身とあわせて振り返る。

登壇は弁理士法人レクシード・テックの土本晃久氏(博士(工学))と角渕由英氏(パートナー弁理士・博士(理学))。前半の解説とライブデモを土本氏、後半の可視化・組織活用を角渕氏が担当し、私(上村)がファシリテーターを務めた。

ライブ録画とスライド資料を公開しています。ぜひご覧ください。

目次

なぜ今、DD目線で知財を考えるのか

資金調達・M&A・事業提携の場面では、「特許が何件あるか」を確認するだけでは判断材料にならない。対象企業の事業・技術を素早く深く理解し、競争優位性・成長性と、成長を妨げるリスクを評価する必要がある。

土本氏は、技術系スタートアップに投資するVCで投資担当を務め、シードステージ──会社が立ち上がったばかりで製品もまだ形になっていない段階での投資判断を経験した。「まだ物がない状態で何を評価するか」というとき、特許こそが将来の独占性・優位性を測る大きな手掛かりになる。ただしその評価は件数では足りず、「事業上の優位性を築くために適切に権利化されているか、あるいは取れそうか」の精査が要る。この経験が、土本氏が知財DDを専門にする原点になった。

生成AIは「専門性を補完する補助線」

土本氏が基本姿勢として置いたのは、生成AIは人間の専門性を置き換えるものではなく、知財側が市場・事業を理解し、事業側が知財を理解するための「補助線」だという考えだ。実務の勘所をプロンプトとして言語化すれば、属人的なノウハウが形式知になり、チーム・組織の力に変わっていく。

一方で注意点も明確に示された。

  • ハルシネーション:AIは正誤判定をしているのではなく、近い言葉を探しているだけ。出力は必ず人間が確認する。
  • 入力情報の管理:営業秘密や投資検討先の非公開情報は入力しない。企業URL等の公開情報だけでも初期分析は十分にできる、というのが本セミナーの前提。
  • プロンプトは一度で完璧にならない:期待と違う出力は失敗ではなく改善の機会。「どの観点・基準を足すか」を考える過程こそが、実務の勘所を言語化する行為そのもの。

AI出力はあくまで「仮説の第一弾」。人間が確認し、必要に応じて弁理士・弁護士と連携して判断に進む。DDにも「初期絞り込み→社内議論→本格DD(専門家依頼)」という段階があり、プロンプトはその流れを意識して設計されている。

プロンプト設計の共通ルール

VC-IPAS事業で整理した知財DD向けプロンプトは4種類。①事業・技術の概要理解、②知財と競争優位性・ビジネスのつながりの把握、③競合他社との技術・特許比較、④専門家依頼の前段としてのクレームチャート作成(デモは①〜③)。

設計の共通要素は「目的を伝える/手順を示す/用語・選定基準・情報ソースを補足する/出力形式を指定する」の4点。とりわけ出力形式の指定が徹底されており、実際のプロンプトでは「コア技術・用途は20文字以内」「解説は300文字以内・高校生でも理解できる範囲で」「用語集は最大15語」「一覧表の列は |製品名|顧客セグメント|主要機能|価格|」のように、文字数・粒度・表の列まで指定していた。全文をMarkdownで書くのは、階層構造をAIが認識しやすく人にも読みやすいためだ。黄色くハイライトした箇所(調査対象の社名など)を置換すれば、そのまま実行できる。

ライブデモ:NEURA Roboticsを題材に

デモの題材は、ドイツのフィジカルAIスタートアップ「NEURA Robotics(ニューラルロボティクス)」。生成AI(Claude)の画面を共有し、配布資料のプロンプトをそのまま流しながら進めた。

① 事業・技術の理解:「コア技術と用途を20字で/300字で解説/高校生レベル+用語集」というプロンプトに対し、AIはコア技術を「非接触で人を識別する安全センサ融合(Touchless Safe Human Detection=SHD)」、用途を「柵なし協働ロボット・ヒューマノイド」と20字で言い切った。レーダー・3Dビジョン・力覚など性質の異なるセンサを一台に統合し、暗所や粉じんでも「人か物か」を分類して減速・迂回する技術で、製品版OmniSensorは応答50ms・視野最大360°×180°・検知距離4m以下──といった具体仕様まで出力された。強みは単体センサの性能競争ではなく統合力にある、と一目で言語化できる。放置すると専門用語と情報過多になりがちなAIに、字数と難易度の制約をかけることで「瞬時に頭に入る」出力を得るのが狙いだ。

コア技術「非接触セーフヒューマン検知(SHD)」の仕組み。レーダー・3Dビジョン・音・力覚の各センサをAIで統合し、「人か物か」を分類して減速・迂回する。応答50ms/視野最大360°×180°/検知距離4m以下。

② 事業優位性×特許保護:会社概要・製品一覧・競合調査・優位性分析・特許リスト・優位性と特許の対応、の6セクションを一気通貫で指定。出力では、NEURAがシリーズCで最大14億ドル(評価額約70億ドル)を調達済み、従業員1,400人超、CEOは大学非進学の異色の経歴、といった像が表形式で並んだ。土本氏は「日本のシリーズCは30〜40億円規模が一般的」と対比し、桁の違いを補足した。

競合分析では「顧客はドリルではなく穴が欲しい」の例を引き、同一技術領域だけでなく同じ課題を解く代替手段まで含めて競合を捉えるべきと指摘。優位性は◎◯✕で評価させ、◎が付いた3項目を特許と突き合わせた点が白眉だった。A:人/物を識別する柵レス安全B:コボットで産業ロボ級の速度・精度+機能安全認証は対応特許あり(◯)と判定された一方、C:ヒューマノイドの価格透明性+欧州製造は「特許では守れない優位」(✕)と明示された。価格戦略や製造立地は特許の保護対象外──強みがあっても模倣コストが低い領域を切り分けられる点に、この分析の実務価値がある。さらに「誤警報が減る」という仮説が立てば、次は誤警報でラインが何秒止まりいくら損失が出るか→削減の経済価値→その技術は必須か、と事業価値へ掘り下げられる、と示した。

③ 競合比較マトリックス:「NEURA×マルチモーダル×ロボット」を軸に、頻出出願人10社(Google/DeepMind、トヨタ、Boston Dynamics、Amazon、Intel、Sanctuary AI、ホンダ、ソニー、ファナック、エプソン等)を抽出。各社の特許を課題・解決手段で整理し、既存のIPCに対応づけた独自分類A〜G(センサ物理統合/情報融合/視覚×力覚制御/触覚/人検知・安全/音声HRI/基盤モデル)を作って、企業×分類マトリックスに落とし込んだ。ホワイトスペース分析を簡易化したものだ。

企業×技術分類マトリックス。独自分類A〜G(センサ物理統合/情報融合/視覚×力覚制御/触覚/人検知・安全/音声HRI/基盤モデル)と企業11社の出願状況を◎◯✕で整理。NEURAは「人検知・安全(E)」で◎が付く唯一の企業。日本の産業ロボメーカーはA・Cに集中、米IT系はB・Gに偏る。

読み取れる構造が鮮やかだった。日本の産業ロボメーカー(ファナック・エプソン)はセンサ実装と視覚×力覚制御に集中、米IT系(Google・トヨタ研究所・Intel)は融合アルゴリズムと学習アーキテクチャに偏る。そしてNEURAは「人検知・安全(E)」で◎が付く唯一の企業として際立った。スタートアップ同士は意識されやすいが、トヨタなど大企業の同領域出願は見落とされやすい、という土本氏の指摘も裏付けられた。氏は「絞り込み段階では10枚のレポートより、1枚のマトリックスで『なぜこの会社か』を議論できることが重要」とまとめた。

AIが自ら「限界」を明示していた

特筆すべきは、デモ出力がどれも自らの信頼度を添えていた点だ。競合調査ではAIが冒頭に「本調査は公開Web検索によるもので母集団検索は行っていない」「マトリックスの✕は本調査範囲で出願を確認できなかったという意味で、不存在の証明ではない」と限界を先に明記し、特許リストでも「代表公報番号が未確認のものは明示」「A・Bの中核をなすレーダー系はクレーム精読が必要」と注意を促した。これは後述のQ&Aで土本氏が語った「情報源・確認範囲・自信度を出力させて透明性を上げる」の実演になっている。

「調査は手段であって目的ではない」──可視化と組織活用

後半、角渕氏は「調査は手段であって目的ではない」と切り出した。良い分析結果も、知財担当者のチャット画面に留まれば、投資検討にも新規事業にもクリアランスにもつながらない。角渕氏自身、博士課程で錯体(MOF)を研究し、そのままでは伝わらない基礎科学を図解して伝えた経験が、この発想の土台になっているという。

  • プロンプトと出力をMarkdownファイルで履歴として残し、良質な分析ソースとして蓄積すれば、各人が好きな観点で質問・深掘りできる「場」になる。
  • 文字だけでは専門外に伝わらない。インフォグラフィックスやスライドで図解すれば、経営層・事業部が「読んでみよう」と思える入口になる。人が何時間かけても作れない資料が、AIなら5分〜1時間で作れる。
  • NotebookLM等での図解は、「写真風にする/背景を白に/統一感/AI感を排除/文字化けしないように」といったカスタムプロンプトで整える。AI生成図への違和感があると読まれないためだ。
  • ただし図解は最終成果物ではなく議論のためのコミュニケーションツール。多少の文字化けより、情報を活用してもらうことが本質だとした。

AI時代の知財専門家の役割

角渕氏は、AIによって「調べる」ハードルが下がった今こそ、専門家の付加価値は出しやすくなると述べた。従来は専門性ゆえに研究者・事業部との間に壁が生まれ、良い情報も読まれず活用されなかった。AIによる要約・図解・対話は、その壁を低くし共通言語での議論を可能にする。

キーワードは「立ち位置を変えない」こと。専門家は根を張って専門性をより深く尖らせつつ、AIを介して裾野を広げる。「餅屋は餅屋」で研究・事業のプロに歩み寄り、活用の場を提供することで、他部門の視点を吸収して自らもさらに尖っていく──調査者から、組織の知財活用を促す触媒・コーディネーターへと役割が拡張していく、という見立てが示された。

まとめ

今回の核心は、生成AIによる「調査の効率化」だけではない。AIを媒介にした組織内コミュニケーションの改善と、知財専門家の役割の拡張という、その先の変化までを描けたことにある。ライブデモが示したのは、公開情報とプロンプト設計だけで、企業像・優位性・特許保護の対応・競合マトリックスまでを短時間で仮説化できること、そしてその仮説には必ず「限界の明示」が伴うべきこと──だ。生成AIは仮説を高速で立てる補助線であり、最終判断は人間と専門家が担う。この線引きを持って使えば、知財DDは確かに大きく効率化できる。

次回は「特許庁で開く知財キャリア」を予定しています。GrIPでは知財戦略・特許情報分析・キャリアに特化した情報発信を続けています。ぜひ次回セミナーにもご参加ください。

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