アカデミアの研究開発プロジェクトにおける知財支援

企業や特許事務所とは異なる知財専門家の活躍の場として、大学や研究機関などのいわゆる「アカデミア」があります。アカデミアにおける知財の仕事といえば、大学知財部、技術移転機関(Technology Licensing Organization:TLO)、リサーチ・アドミニストレーター(University Research Administrator:URA)などを思い浮かべる方が多いと思います。

私の場合は、そのいずれにも属していません。公的資金による研究開発プロジェクトやギャップファンドの「中の人」として、将来の社会実装時に知財を実際に活用できる状態にするための支援をしています。プロジェクトが始まった後だけでなく、公募への申請前からチームに参加することもあります。

本稿では、なぜこのような立場からの知財支援が必要なのか、また、具体的にどのような仕事をしているのかをご紹介します。

目次

自己紹介と、現在取り組んでいること

私の詳しい経歴はこちらに記載しています。これまでに、機械工学の研究、メーカーの製造現場を経て、そこから先は知財のキャリアを進めました。具体的には、特許事務所、事業会社の知財部門、大学発スタートアップの共同創業という、それぞれ異なる立場を経験してきました。そして現在は独立し、スタートアップ、大企業・中小企業の知財支援や特許出願・権利化に加えて、大学や研究機関の研究開発プロジェクトにおける知財支援を行っています。

私が現在の仕事をしている背景には、技術、知財、事業を別々のものとしてではなく、相互に関係するものとして考えてきた経験があります。研究成果が技術的に優れていること、特許を取得できること、それを事業として活用できることは、それぞれ別の問題です。社会実装まで進めるためには、これらを同時に考える必要があります。

支援しているプロジェクトの中には、全体で約10年にわたる計画で、現在5年目を迎えているものもあります。また、既に採択されたプロジェクトに途中から参加するだけでなく、プロジェクトの申請段階からチームに入る場合もあります。対象となる機関は国公私立大学や国立研究開発法人などで、研究分野も素材、半導体、医療、人工知能(AI)など多岐にわたります。

なぜプロジェクトの初期から知財支援が必要なのか

社会実装に必要な知財は、研究成果が出てから考えるのでは遅い

国の研究開発プロジェクトやギャップファンドでは、研究成果を生み出すことだけでなく、その先の社会実装が求められます。したがって、研究の結果として発明が生まれたら出願する、というだけでは十分ではありません。

例えば、将来その技術を利用するのが大学発スタートアップなのか、既存企業なのか、複数企業による共同事業なのかによって、必要な権利の内容は変わります。製品そのものを押さえるのか、製造方法を押さえるのか、プラットフォームとなる基盤技術を押さえるのかによっても、出願の組み立て方は異なります。

さらに、社会実装の方法はアカデミア発のスタートアップの起業に限りません。既存企業へのライセンスや共同研究による事業化が適している場合もあります。そのため、「この技術で特許を取れるか」だけでなく、「誰が、どのような形で、この技術を社会実装するのか」から逆算して知財を考える必要があります。場合によっては、本当にスタートアップとして事業化することが適切なのかという点から検討します。

こうした判断を、起業やライセンス交渉の直前になってから始めても、既に論文が公表されていたり、必要な実験データを追加できなかったり、プロジェクトの予算を知財活動に使えなかったりすることがあります。だからこそ、プロジェクトの設計段階や研究の初期から知財について検討する意味があります。

複数機関が参加すると、知財関係が複雑になる

アカデミアの研究開発プロジェクトは、一つの研究機関だけで完結するとは限りません。複数の大学や研究機関が参加し、場合によっては民間企業も加わります。

このようなプロジェクトでは、各機関がもともと保有している特許やノウハウと、プロジェクト内で新たに生まれる研究成果とを区別する必要があります。誰がどの研究を担当し、その結果として生まれた発明を誰に帰属させるのか。共同発明となった場合に、誰が出願や権利維持の判断をするのか。プロジェクト終了後に、どの機関や企業が、どの条件で成果を利用できるのか。こうした点は、将来の事業化やライセンス交渉に直接影響します。

また、知財として扱うべきものは特許だけではありません。研究上のノウハウ、実験データ、ソフトウェア、学習済みモデル、研究試料などについても、管理方法や利用条件を検討する必要があります。複数機関が関係するほど、単に発明届や特許出願を管理するだけでは足りず、各機関の既存知財、研究成果、契約、情報管理を横断して整理することが必要になります。

論文発表と知財活動のタイミングは必ずしも一致しない

研究者にとって、論文発表や学会発表は重要な成果です。一方、論文として評価される内容と、社会実装に必要な特許の内容は必ずしも同じではありません。論文では研究上の新しい発見が中心になりますが、特許では、将来どのような製品やサービスに使われ、第三者がどのように実施するかまで考える必要があります。

もちろん、論文発表前に特許出願を行うことは重要です。しかし、単に発表の直前に原稿を確認し、記載されている内容を出願すればよいわけではありません。研究計画や社会実装の方法を継続的に把握し、どの段階で何を権利化するか、何をノウハウとして管理するかを判断する必要があります。

この判断には、研究者との継続的なコミュニケーションが欠かせません。研究成果がまとまった時点で知財担当者が呼ばれるのではなく、研究開発の変化を追いながら、その都度、知財上の判断を行うことが求められます。

大学とスタートアップの関係は、起業時に変化する

大学発スタートアップの設立を目指す場合、研究段階では、研究者、大学、将来の経営者候補が同じ目標に向かって活動します。しかし、スタートアップが設立され、大学の知財についてライセンスを受ける段階になると、大学とスタートアップはそれぞれ異なる立場から条件を検討することになります。

これは、大学とスタートアップが直ちに対立するということではありません。大学は大学の資産を適切に管理し、説明責任を果たす必要があります。他方、スタートアップには、資金調達や事業継続のために必要な権利を確保する必要があります。そのため、ライセンスの対象、独占性、実施分野、対価などについて利害を調整することになります。

起業の直前に初めてこの問題が明らかになると、研究段階では同じチームであった関係者が、十分な準備のないまま交渉当事者になります。研究開発の段階から、将来どの成果をどの主体が利用する可能性があるかを整理しておけば、起業時に検討すべき事項を早めに共有できます。この点も、プロジェクトの初期から知財支援に関わる理由の一つです。

国プロ・ギャップファンドとは何か

上記のようなプロジェクトですが、具体的にはどのようなプロジェクトがあるのでしょうか?本稿でいう「国プロ」とは、国が政策上重要な研究開発テーマを設定し、大学、研究機関、企業などが参加して、研究開発から社会実装までを進めるプロジェクトを指します。科学技術振興機構(JST)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、日本医療研究開発機構(AMED)などを通じて、大規模かつ中長期的に実施されるものもあります。

「ギャップファンド」とは、大学等の研究成果について、研究段階と事業化・起業の間にある資金や検証の不足を補うための支援制度です。概念実証(Proof of Concept:PoC)、試作品開発、事業性の検証などを通じて、研究成果を社会実装につなげます。

国プロやギャップファンド、これらに関連する主な制度として、例えば次のようなものがあります。以下は代表例であり、網羅的なものではありません。

区分制度・プログラム位置づけ
大型研究開発戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)ムーンショット型研究開発制度国が設定した政策的・長期的な目標に基づき、研究開発から社会実装までを推進する制度
産学官共創共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)大学等を中心に、企業や自治体などが参加する産学官共創拠点の形成と研究開発を支援する制度
技術移転・実用化研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)大学等の研究成果を企業等による実用化につなげる研究成果展開事業
起業・ギャップファンド大学発新産業創出基金事業地域プラットフォームによるギャップファンド、D-Global、早暁プログラムなどを通じて、大学等発スタートアップの創出を支援する事業
地域ギャップファンドGTIE GAPファンド首都圏の大学等によるプラットフォームを通じ、研究成果の事業性検証や起業に向けた研究開発を支援する制度
医療分野の橋渡しAMED橋渡し研究プログラム大学等の医薬品・医療機器等のシーズを、非臨床研究や臨床研究を経て実用化につなげる制度。大学発医療系スタートアップ支援もこの枠組みで行われる

制度ごとに目的、参加者、成果の取扱いは異なりますが、研究成果の創出だけで終わらず、その先の社会実装を見据えている点は共通しています。そのため、将来の事業化や産学連携を想定し、必要な知財を取得・管理し、実際に利用できる状態にしておくことが求められます。

プロジェクトの知財支援では何をしているのか

大学知財部やTLOは、所属機関の立場から、発明の承継、特許出願、権利管理、ライセンスなどを行います。これに対し、プロジェクト側の知財担当者は、プロジェクト全体の研究計画と社会実装の方法を踏まえて、プロジェクトに参画する各機関が創出する知財を整理します。

両者は競合するものではなく、役割が異なります。プロジェクト側で検討した方針について、実際に発明を承継し、特許出願や契約を行う際には、各機関の知財部やTLOとの連携が必要です。また、外部の知財担当者が常に中立であるということでもありません。誰から、どの範囲の支援を依頼されているのかを明確にしたうえで、各機関の利害の違いを早期に整理し、関係者が判断できる材料を整えることが役割となります。

具体的には、例えば次のような支援を行っています。

  1. 複数機関が参加する大型研究プロジェクトにおいて、各機関の既存知財、研究開発の分担、プロジェクト内で生まれる成果の帰属、情報管理などを整理する。
  2. 大学発シーズの事業化を目的とするギャップファンドにおいて、競合企業や関連特許を調査し、事業化に必要な特許出願や知財ポートフォリオを検討する。
  3. ギャップファンドへの申請前に、想定するビジネスモデルや社会実装の方法を踏まえ、申請書に記載する知財活用方針や研究開発計画を整理する。
  4. 大学発スタートアップの設立に際し、大学とのライセンス条件、将来の製品展開に必要な権利、海外出願を含む知財ポートフォリオなどを検討する。

実際に私自身も、大学発スタートアップの共同創業者として、大学とのライセンス交渉や知財ポートフォリオの構築を当事者の立場で経験しました。支援する側と、実際に大学からライセンスを受けて事業を進める側の双方を経験したことで、研究段階では見えにくい問題が、起業や資金調達の段階でどのように現れるのかを理解できるようになったと思います。

この仕事の中心は、個別の特許出願を代行することではありません。研究計画、参加機関の関係、将来の実施主体、事業化の方法を踏まえ、必要な知財活動をプロジェクトの中に組み込むことです。

この仕事に求められること

アカデミアの研究開発プロジェクトを支援するには、特許や契約に関する専門知識が必要です。しかし、知財の知識だけで完結する仕事ではありません。

研究内容を理解し、将来どの部分が製品やサービスの競争力になるのかを考える必要があります。さらに、起業、ライセンス、共同事業などの選択肢を比較するためには、事業開発、契約、資金調達についても一定の理解が必要です。知財専門家がそれらをすべて一人で担当する必要はありませんが、研究者や経営人材と同じ情報を共有し、知財の観点から議論に参加できることが重要です。

また、研究開発の状況は変化します。当初想定していた技術がうまくいかず、別の研究成果が事業の中心になることもあります。したがって、一度知財戦略を作成して終わるのではなく、研究開発の進捗に応じて方針を見直し、必要な判断を継続して支援することが求められます。

大学発技術の社会実装が難航する理由として、「取得した特許の権利範囲が狭い」「大学とのライセンス交渉が進まない」といった問題が挙げられます。しかし、その背景にある課題は、起業やライセンス交渉の段階で突然生じるものではありません。プロジェクトの申請時、研究体制の設計時、研究成果の公表時など、より早い段階から始まっています。

こうした段階から知財専門家が関わることで、特許を追加するだけでなく、どのような社会実装の方法が適切か、プロジェクト終了時に誰が何を利用できる状態にすべきかを、関係者とともに検討できます。

企業知財部や特許事務所とは異なる知財専門家の仕事として、アカデミアの研究開発プロジェクトを支援するという選択肢があります。新しい技術が研究成果のままで終わらず、実際に利用されるまでの過程に関わる仕事です。知財専門家のキャリアの一つとして、今後、このような役割を担う人が増えてもよいのではないかと思います。

澤井 周

株式会社アルトIPコンサルティング/アルト特許事務所 代表​

弁理士・博士(工学)。メーカー、特許事務所、事業会社(大手企業・スタートアップ)知財部、大学発スタートアップの共同創業を経て独立。現在はアカデミア、スタートアップ、企業の知財・事業化を支援。特許庁の令和7年度知的財産コンサルティング実証調査研究に関する有識者委員会の委員も務めた。

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