第6回(最終回) 「組織」の考え方―守る戦略を、現場で動かす

前回は、「実現性」の話をしました。

人も予算も期限も足りないなかで、RBVとVRIOを物差しに、「守る価値があり、かつ守りきれる強み」へと、検討の的を絞り込みました。篩にかけて、現実味のある候補が見えてきた、というところまでです。

ですが、候補が見えただけでは、まだ何も守れていません。

候補のなかから、自社の組織に合うものを選び(決定)、それを日々の現場の動きに落とし込む(実装)。ここまでやって、初めて「守れている」と言えます。

今回は連載の最終回です。

この「決定」と「実装」の話をしたうえで、ここまで6回かけて積み上げてきたものが一つにつながった、知財戦略の「あるべき姿」を描いて、締めくくりたいと思います。

目次

1.「うちの組織で、本当に回せるか」

もう一度、ラーメン店に戻ります。

前回、守るべき強みは見えてきました。たとえば、門外不出のスープの配合と、客を呼ぶ店名。この二つは、守る価値があり、守りきれる候補です。

では、どう守るか。

ここで効いてくるのが、「あなたの店が、どんな体制の店か」です。

店主一人で切り盛りする店なら、レシピは頭の中にしまっておけば、まず漏れません。秘匿が中心になります。

家族や数人の従業員でやっている店なら、配合を共有する人が増えます。誰に教え、辞めるときにどう約束させるか――契約や取り決めが要ります。

フランチャイズで広げていく店なら、レシピは各店に渡さざるを得ません。秘匿だけでは守れず、商標や契約でブランドと品質を縛る方が現実的です。

同じ「スープと店名を守る」でも、店の形が違えば、現実に回る守り方は変わります。

組織に合っていない守り方は、どれだけ立派でも、絵に描いた餅です。

だから、絞り込んだ候補のなかから、「うちの組織で本当に回せるのはどれか」を選ぶ。これが、組織に合った戦略の決定です。

2.決めた戦略を、現場の動きに落とす

守り方を決めたら、次は実装です。決めただけでは、現場は動きません。

ラーメン店なら、こうなります。

レシピは誰が管理し、どこまでを誰と共有するのか。新しく入った人に、何を、どの順番で教えるのか。辞めるときの取り決めは、どんな書面で交わすのか。模倣店が出ていないか、誰が、いつ、どうやって見張るのか。

「スープを秘匿で守る」という一行の決定が、こうした日々の段取りに分解されて、初めて機能します。

知財部門も、まったく同じです。

そして知財部門には、ひとつ大きな特徴があります。それは、知財部門だけでは、何も完結しないということです。

発明を生むのは、開発部門です。

予算を握り、事業として守る価値があると判断するのは、事業部門と経営です。

権利を行使し、契約を結ぶのは、法務です。

市場で何が起きているかを肌で知っているのは、営業です。

知財部門は、このどれも一人ではできません。だからこそ、決めた戦略を現場に実装するとは、関係する部門に動いてもらう仕組みを作ることに他なりません。

開発部門には、発明発掘の場に出てもらう。

事業部門には、「この技術は事業の生命線だから守る価値がある」という判断材料を渡して、予算とゴーサインを引き出す。

法務には、いざというときに一緒に動ける関係を、普段から作っておく。

そして経営には、知財がリスクとリターンの両面で効くことを、データで示す。

前回のVRIOで、最後に「O(組織として活かせているか)」を問いました。

あのときは、「その強みを自社で回せる状態にあるか」という診断でした。今回の実装は、その問いに現場で答えを出す作業です。会議体を決め、規程を整え、評価のものさしを揃え、人を巻き込む。診断のOが、ここで実装として回収されるわけです。

知財部門が単独で抱え込むほど、できることは小さくなります。

逆に、組織を巻き込むほど、使える力は増えていきます。「組織で守る」とは、こういうことです。

3.知財戦略の「あるべき姿」

ここで、連載の最終回らしく、少し視野を引いてみます。

ここまでの6回が一本につながると、知財戦略の「あるべき姿」が見えてきます。

それは、こういう状態です。

まず、知財の目的が、事業戦略からきちんと導かれている(第1回・第2回)。「とりあえず出願を増やす」のではなく、事業がどこで勝ちたいのかが先にあり、知財はそれを支えるためにある。

次に、守るべき場所が、相手と自分をよく見たうえで、絞り込まれている(第3回・第4回・第5回)。すべてを守ろうとせず、失うと痛いところ、真似されやすいところ、そして身の丈で守りきれるところに、力が寄せられている。

そして、その守りが、組織にきちんと実装されて、回り続けている(第6回)。知財部門だけでなく、開発・事業・法務・経営が、それぞれの持ち場で関わっている。

この状態になったとき、知財部門の仕事は、「出願件数を数える作業」から、「事業の勝ち筋を守る経営機能」へと変わります。

知財が、事業の意思決定のテーブルに座っている。守りが、事業の攻めを下から支えている。これが、目指すべき姿だと思います。

そして、ここまで読んでくださった方に、いちばん伝えたいことがあります。

戦略は、特別な才能を持った人だけの仕事ではありません。

相手を知り、身の丈を知り、勝負どころを絞り、組織で動かす。その地道な積み重ねが、戦略です。受験勉強にも、恋にも、ラーメン店にも、そして知財にも、同じ筋が通っていました。「戦略」という言葉に身構える必要は、もうないはずです。

まとめ―そして、その先へ

6回を、一息で振り返ります。

第1回で、戦略は「計画」とは違う、制約の中での「選び方」だと話しました。

第2回で、まず相手と自分を知り、向かう先(戦略目標)を決めることの大切さを書きました。

第3回で、それを守るための五つの道具(権利化・秘匿・契約・調査・ウォッチ)を並べました。

第4回で、相手のタイプに応じて、道具を組み合わせる話をしました。

第5回で、限られた力で何を守りきれるかを、実現性の目で絞り込みました。

そして今回、絞った戦略を、組織に合わせて決め、現場で動かすところまで来ました。

「相手を知り、自分を知り、絞り、組織で動かす」。

連載を通して、何度も形を変えて出てきたこの筋が、知財戦略の背骨です。

最後に、一つだけ扉を開けたまま終わります。

ここまでは、一般的な戦略の言葉で話してきました。ですが、「なぜ、複雑に絡み合った強みほど、真似されにくいのか」――この問いには、実は、もっと構造的な裏付けがあります。強みを「結合のかたち」として捉え直すと、これまでの話は、さらにくっきりと像を結びます。

その話は、また別の機会に。

長い間、お付き合いいただき、ありがとうございました。

小嶋 輝人

大手電機メーカーの知的財産本部でおよそ22年間、同社の出願・権利化・ライセンス活動と、組織運営・改革に従事。特許技術部の部長として、知財戦略活動を統括した。退職後、知財戦略ラボラトリーを起ち上げ、知財戦略の研究と企業へのアドバイスを行なっている。

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