知財戦略が立てにくいのはなぜか

知財戦略は、重要であるにもかかわらず、実務では驚くほど立てにくい。

分析はある。調査もある。競合比較もある。ところが、最後の意思決定になると急に曖昧になる。

この違和感は、個別企業だけの問題ではない。X上でも、実務家たちが「知財戦略とは何か」「どこからが戦略なのか」「なぜ出願の話に回収されてしまうのか」といった点を繰り返し論じていた。社長と直接やりとりできる規模なら進めやすい、という声もあれば、結局は as-is / to-be に戻るだけだ、という指摘もあった。つまり、現場には共通した難しさがある。

本稿では、その難しさを「構造」として整理したい。

目次

技術の言葉が、事業の言葉に翻訳されていない

最も根本的な問題はここにある。

特許分析は技術の言葉で行われる。一方、戦略は事業の言葉で語られる。しかし、この二つが接続されていない。

どれだけ精緻な分析をしても、それが「どの市場で勝つのか」「何に投資するのか」「何を捨てるのか」に変換されなければ、経営判断には使えない。Xでも、「全社戦略や事業戦略が見えていないと知財戦略は空論になる」という趣旨の声があったが、まさにその通りである。知財分析は、事業の文脈に翻訳されて初めて戦略になる。

成功指標が曖昧で、最適化の軸が定まらない

知財戦略が立てにくいもう一つの理由は、何をもって成功とするかが曖昧なことだ。

出願件数、登録件数、権利化率。これらは数えやすいが、事業成果とのつながりは弱い。

そのため、現場では「出願を増やす」こと自体が目的化しやすい。Xでも、「知財がコストセンター化する」「部門KPIが分断されている」という声が出ていたが、これは偶然ではない。目的が曖昧なままでは、最適化の方向も定まらない。結果として、知財は活動しているのに、意思決定には入れない部門になってしまう。

戦略が提案で終わり、実行責任を持たない

実務でかなり深刻なのがこの点である。

知財戦略が“提案”で終わるのである。

本来、戦略とは実行まで含めて責任を持つものだ。ところが現実には、知財部は提案し、事業部が実行する、という分断が起こりやすい。しかも事業部は、知財を戦略的に使う前提を持っていないことが多い。

Xでも、「知財戦略は実施者である事業部が主体で動くべきだ」という声があったし、逆に「現場の出願担当に戦略を丸投げすると、出願の話に矮小化される」という指摘もあった。どちらも本質を突いている。戦略が実行責任から切り離された瞬間、戦略は紙の上の概念になる。

事業部と知財部の目的がずれている

構造的な難しさとして避けられないのが、事業部と知財部の目的の違いだ。

事業部は利益を追う。知財部は権利を追う。もちろん、最終的には同じ企業価値に向かうべきだが、日常の評価軸は一致しない。このずれを放置すると、知財はどうしてもコストセンター化しやすい。

Xでは、「知財は守る道具で止まっている」という声や、「知財で勝ち筋を設計することが重要だ」という声があった。両者の違いは大きい。前者は守りの発想にとどまり、後者は事業の勝ち方そのものを設計している。知財戦略が機能するかどうかは、この差にかかっている。

「知財戦略」を特別な概念にしすぎている

実務では、事業戦略 → 知財戦略 → 出願戦略、という階層で語られることがある。だが、これがかえって混乱を生むことが多い。

むしろ現実に近いのは、事業戦略の中に知財の意思決定が埋め込まれ、その下で出願、権利行使、調査、ライセンスなどの戦術が動く、という形である。Xでも、「知財戦略という言葉を独立させると、何を指すのか曖昧になる」という問題意識があった。これは非常に重要な論点である。

知財戦略を特別なものとして扱いすぎると、戦略という言葉だけが膨らみ、現場の行動と離れていく。戦略は神秘化するほど役に立たなくなる。

人材の育ち方が、戦略向きになっていない

知財戦略が立てにくい背景には、人材構造の問題もある。

多くの知財人材は、出願業務からキャリアを始める。そのため、個別案件を処理する力は伸びても、事業全体を見て逆算する経験が不足しやすい。

Xでも、「知財マネージャーが事業単位で方針を立てられるべきだ」という声や、「戦略を考える前に、素材となる事業理解が足りない」という趣旨の指摘があった。これは耳が痛いが、重要な論点である。知財戦略は、知財だけで完結しない。事業、経営、組織設計を横断して考える力が必要になる。

7. 戦略は、後から見えることもある

最後に、少し本質的な話をしたい。

一般には「戦略が先、戦術が後」と考えられている。だが実際には、個別の行動が積み上がった結果として、後から戦略が見えることも多い。

Xでも、「戦略とは、後から言語化されたパターンではないか」という趣旨の議論があった。これは非常に示唆的だ。知財においても、最初から完成された戦略が存在するというより、試行錯誤の積み重ねが、結果として戦略らしく見えているケースは少なくない。

だからこそ、知財戦略を最初から立派に描こうとしすぎるより、実際の意思決定と行動の積み重ねを見た方がよい。

まとめ

知財戦略が立てにくいのは、分析不足ではない。

本当の理由は、分析が事業の言葉に翻訳されていないこと、成功指標が曖昧なこと、実行責任が分断されていること、そして知財が事業の外側に置かれていることにある。

X上の実務家の議論を見ても、問題意識はかなり一致していた。

知財戦略は、独立した立派な箱として存在するというより、事業戦略の中に埋め込まれた知財の意思決定として考えた方が、はるかに実務に合っている。

つまり、知財戦略が難しいのではない。

知財を事業の外に置いたまま、戦略だけを作ろうとしていることが難しさの正体なのだ。

上村 侑太郎

株式会社LeXi/Vent 代表取締役

化学メーカーでマテリアルズ・インフォマティクスなど機械学習の研究開発に従事後、知的財産部で特許情報分析(IPランドスケープ)を従事。その後現職では、IPランドスケープ専任で知的財産戦略、テクノロジーインテリジェンス、知財人材教育に関する業務を行なっている。同時に副業で個人事業「LeXi/Vent」を設立し、士業・コンサルタントのブランディング支援を行いながら、「知財若手の会」コミュニティを運営。

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