前回は「恋」を例に、相手を知り、自分を知り、何を目指すのかを定めることの大切さを書きました。
相手の好みも知らずに、いきなりお洒落な店を予約しても、うまくいくとは限りません。まずは状況を見て、「どこに向かうか」を決めることが大事だ、という話でした。
会社も同じです。
知財の世界でも、いきなり「とりあえず出願を増やそう」と動く前に、まずは目的を定める必要があります。参入障壁を作りたいのか、交渉材料を増やしたいのか、ライセンス収益を狙いたいのか、あるいは訴訟に強い体制を作りたいのか。そこが曖昧だと、知財活動はただの作業になりやすいのです。
しかし、方向を決めただけでは現実は動きません。
恋も、気持ちを固めただけでは前に進みません。次は、連絡するのか、会うのか、共通の友人に相談するのか、どんな話題を持ち出すのか、具体的な手を選ばなければなりません。
知財も同じです。
戦略目標を決めたら、次はそれを施策に落とし込む必要があります。ここでいう施策とは、たとえば次の5つです。権利化、秘匿、契約、調査、ウォッチです。
今回は、この5つを身近な事例で考えてみます。題材は「人気ラーメン店」です。
人気ラーメン店をどう守るか
あなたが繁盛しているラーメン店の店主だとします。
この店の強みは、スープの味だけではありません。麺との相性、仕込みの手順、回転率のよいオペレーション、立地に合った価格設定、SNSで広がる見せ方、常連客との距離感など、店の魅力はいくつもの要素が組み合わさってできています。
ここで近所に競合店ができたとします。
しかも、こちらの人気を見て、似たような雰囲気、似たようなメニュー、似たような価格帯で勝負してきました。さて、あなたはどうするでしょうか。
「もっと頑張って美味しいラーメンを作る」だけでは不十分です。もちろん品質向上は大事ですが、それだけでは模倣への対策にはなりません。必要なのは、何を見せ、何を隠し、誰とどう約束し、何を調べ、何を見張るかを決めることです。
これを知財の施策に対応させると、かなり見通しがよくなります。
1.権利化―見える強みは、ルールで押さえます
まず、外から見えていて、真似されやすいものは、権利化を考えます。
ラーメン店でいえば、店名、ロゴ、特徴ある器のデザイン、持ち帰り用パッケージ、看板、店舗外観などが典型です。
これは知財実務でいえば、商標、意匠、場合によっては特許の世界に近いですね。
ポイントは、「よいものを何でも出願する」ことではありません。真似されたときに事業へのダメージが大きいものを押さえることです。
たとえば、味そのものよりも、店名を真似されて客を奪われる方が痛い店もあります。逆に、外観よりも調理装置や提供方法の工夫の方が効いている店もあります。
権利化とは、見えるものを全部囲うことではなく、見える強みのうち、特に失うと痛いものを選んで押さえる作業です。
2.秘匿―見せない方が強いものは、隠して守ります
一方で、何でも権利化すればよいわけではありません。
ラーメン店で最も典型的なのは、スープの配合や仕込みの細かな勘どころです。これをわざわざ外に見せる必要はありません。むしろ、見せないからこそ強いのです。
知財部門でも、ここは重要です。
「出願するか、しないか」は、「価値があるか、ないか」で決まるのではありません。公開してもよいか、公開しない方が有利かで決まることが多いと思います。
たとえば、製造条件、調整ノウハウ、データの使い方、現場の運用ルールなどは、出願して公開するより、営業秘密として守った方がよい場合があります。
前回のように「方向を決めた」あと、今回のお話の中で最初に考えるべきなのは、「これは権利にするか、秘密にするか」です。
3.契約―自分だけで守れないところは、約束で固めます
ラーメン店は店主一人では回りません。
従業員、仕入れ先、共同開発先、フランチャイズ先が関わるかもしれません。ここで問題になるのが、「知っている人が外に持ち出す」「協力相手との取り分が曖昧である」「辞めた人が似た店を出す」といったことです。
これに対応するのが契約です。
秘密保持契約、共同開発契約、ライセンス契約、業務委託契約などです。知財の現場では「契約は法務の話」と切り離されがちですが、実際には施策の重要な一部です。
せっかく秘匿したつもりでも、契約が甘ければ漏れます。
せっかく権利を持っていても、共同開発先との帰属が曖昧であれば使いにくくなります。
つまり、契約は権利化や秘匿の“後始末”ではなく、施策を現実に機能させるための土台です。
4.調査―打つ前に、盤面を見ます
人気ラーメン店の店主なら、近所の競合店を見に行くはずです。
価格はいくらか、客層はどうか、何がSNSで受けているか、どの時間帯が混むか。こうした調査なしに、新メニューも出店も決めないでしょう。
知財も同じです。
先行技術調査、競合調査、無効資料の探索、商標調査、契約前の権利関係確認などは、どれも施策の精度を上げます。
戦略アレルギーのある人ほど、調査を単なる下調べのように思いがちです。
しかし実際には、調査はどの施策を、どこに、どの程度打つかを見極めるための判断工程です。
調査の質が高いほど、筋の悪い出願を減らし、秘匿すべき対象を見分け、契約上の注意点も早めに把握できます。
調査は、施策を打つ前の“盤面確認”です。
5.ウォッチ―決めたあとも、見続けます
ラーメン店は、一度店を作って終わりではありません。
競合が新メニューを出すかもしれません。価格を下げるかもしれません。口コミが変わるかもしれません。模倣店が出るかもしれません。だから、開店後も見続ける必要があります。
知財でいえば、出願動向の監視、競合公報ウォッチ、異議・無効情報の把握、市場での模倣チェックなどがこれに当たります。
ここで大事なのは、ウォッチは「情報収集」ではなく、次の一手のための観測だということです。
見て終わりではなく、「競合がこの方向に動いたなら、こちらは何を変えるか」につなげて初めて意味があります。
施策は“単品”ではなく、“組み合わせ”で効きます
ここまで5つを分けて書いてきましたが、実務で重要なのは、これらを単品で考えないことです。
たとえばラーメン店なら、
店名やロゴは商標で守る、
レシピは秘密にする、
従業員や取引先とは契約で固める、
競合の動きは調査する、
模倣店の出現は継続してウォッチする、
というように、複数を組み合わせて初めて防御力が上がります。
知財部門でも同じです。
「出願したから大丈夫」ではありません。
「秘密管理しているから安心」でもありません。
権利化・秘匿・契約・調査・ウォッチを、目的に応じて束ねることが大事です。
まとめ―今回は「道具箱を整える回」です
前回は、「どこに向かうか」を決めました。
今回は、「そのためにどの道具を使うか」を考えました。ここまでは、どちらかといえば計画寄りの話です。つまり、目標を実務に下ろすための設計図づくりです。
ただし、本当に差が出るのはこの次です。
同じ道具箱を持っていても、どこにどれだけ資源を張るか、相手が何を嫌がるか、どの施策をどの順番で効かせるかで、成果は大きく変わります。
次回は、いよいよそこに入ります。
同じラーメン店でも、どの競合が怖く、相手は何を避けてくるのか。そこを見ながら、施策の組み合わせを「成果につながる打ち手」に変えていきます。
次回のテーマは、「競争・共創」の考え方です。

大手電機メーカーの知的財産本部でおよそ22年間、同社の出願・権利化・ライセンス活動と、組織運営・改革に従事。特許技術部の部長として、知財戦略活動を統括した。退職後、知財戦略ラボラトリーを起ち上げ、知財戦略の研究と企業へのアドバイスを行なっている。

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