「拍手の練習」から始まった熱狂—スタートアップ知財の祭典「suiP Awards 2026」完全潜入レポート

知財イベントと聞いて何を想像するだろうか。

重厚な審査員席、静まり返った会場、読み上げられる受賞理由—おそらくそんな光景だ。少なくとも私はそう思っていた。

suiP Awards 2026は、そのイメージを最初の30秒で完全に破壊した。

目次

suiPとは何者か—72名が集う、スタートアップ知財の「本音の場所」

まずsuiPを知らない人のために説明しておきたい。

suiP(start-up intellectual Property)は、スタートアップ系の知財インハウス担当者が集まるコミュニティだ。ミッションは「スタートアップに知財を浸透させる」、ビジョンは「スタートアップ知財のインフラになる」。

発足のきっかけはシンプルだった。スタートアップで知財を担当していると、社内に相談相手がいない。同じ課題を抱えた担当者が横のつながりを求めて集まり始めたのがsuiPの原点だ。当初3〜4名だったコミュニティは、2026年3月時点で72名(4月には更に増加)まで成長した。Slackでの生々しいお悩み相談から、オフラインでのディープな意見交換まで——業種もフェーズも違うスタートアップの知財担当者が「本音で話せる場所」として機能してきた。

そのsuiPが4周年を機にゼロイチで企画した初の表彰イベントが、今回の「suiP Awards 2026」だ。

(参考:suiPのHP)

「拍手の練習」から始まる表彰式—知財イベントらしからぬ熱量

会場に入ると、すでに独特の空気があった。

司会を務めたのは岩崎さん(所属:AnotherBall)。マイクを持って開口一番、こう言った。

「熱いイベントにしたいので、まず拍手の練習をしましょう!」

知財インハウスの担当者が集まる、どちらかといえば真面目な業界のイベントで、まさかの拍手練習。だがこれが絶妙に効いた。一度声を出し、手を叩くことで、会場の緊張がほぐれる。その後の投票・受賞発表まで、温度が下がることはなかった。

「熱いイベントです」という言葉は決して誇張ではなかった。

「本屋大賞」スタイルの表彰が生まれた理由

既存の知財系表彰には、ある種の悩ましさがある。

評価基準が不透明、受賞企業以外にはフィードバックがない、特許「件数」や「権利化の成否」が評価されやすい——そういった難しさを、suiPの担当者たちは肌で感じていた。

彼らが新しい表彰を作るにあたって目指したのは、現場の投票で決まる「本屋大賞」スタイルの表彰だった。

芥川賞や直木賞が文壇の権威によって決まる一方で、本屋大賞は全国の書店員が「自分が売りたい本」を選ぶ。権威ではなく現場の熱量が評価基準になる。suiP Awardsはその思想をそのまま知財の世界に持ち込んだ。

さらに、投票対象も特許だけでなく、知財活動そのものを対象としたのが特徴的だ。

投票ルール

ルールはシンプルかつフェアだ。

  • 各人がプレゼン(3分)、質疑(3分)分)を実施
  • 参加者全員がスマートフォンからGoogleフォーム経由でリアルタイム投票
  • 評価観点は2つ(各10点満点、計20点満点)

観点1:知財活動としての素晴らしさ 「率直にスゴイ」と思える企業価値向上への貢献、知財戦略としての独自性など。

観点2:知見共有としての素晴らしさ 「明日から自分の会社でもパクりたい!」と思える再現性、モチベーションが上がったかどうかなど。

特許件数でも権利の強さでもない。現場の担当者が「本当にすごい」と感じた取り組みを、現場が選ぶ。登壇者には後日、匿名でフィードバックが届く仕組みまで用意されていた。

登壇9者の「泥臭さ」競演

全9人の登壇者がそれぞれ3分間でプレゼンを行った。権利化の件数を誇るものは一社もなかった。ここにあったのは、リソースが圧倒的に不足する中での「知恵と泥臭さの競演」だった。

ある人は「天才的な開発者の思考過程を言語化し、さらにそれを広いクレームでの権利化に徹底的にこだわった結果として企業や発明が表彰されるまでに至った工夫」を語った。

ある人は「単にAIに考えさせるだけではない、その一歩先の、特許事務所とのシームレスな連携やセキュアな共有システムも含めた知財DX化」を語った。

ある人は「開発者が気軽に相談できる環境をどう作るか?を単に相談窓口チャンネルを作るだけでなく、全Slackに参加したり技術定例に参加したりして技術開発の現場に自ら入り込んで情報を取りに行くことで実現したこと」を語った。

各人が、自身が所属するスタートアップにて頭を振り絞って実践した現場での活動の工夫、そしてその結果を、短い時間に惜しみなくプレゼンし、約50人による投票が行われた。

会場参加者の多くはスタートアップに関わる知財専門家や弁護士/弁理士、そして企業関係者とのことで、プレゼンの後の質疑も現場視点での質問も多く、投票する姿も真剣そのものの様子が印象的であった。

まさに、本屋大賞のように、現場が現場を評価する、そんな熱を感じられた。

受賞発表——会場のボルテージが最高潮に達した10分間

全9社のプレゼンが終わり、投票結果が集計された。司会の平井さん(所属:グローバル・ブレイン)が結果を読み上げる瞬間、会場は静まり返った。

suiP Innovation Award:渡辺氏(所属:セーフィー)

「知財活動としての素晴らしさ」観点の平均点1位であるsuiP Innovation Awardは、「シン・知財PDCA ~社員と経営者が共に知財を考える時代へ~」として、いかに経営者と協調しながら企業の知財文化の作り方について語った渡辺氏(セーフィー)が受賞した。

評価コメントには「企業文化を作るという目的が素晴らしい」「現場の声を届ける、まさに知財活動」という声が並んだ。

受賞コメントで渡辺氏が会場を笑わせたのは、冒頭のひと言だ。

「実はこのアワードの言い出しっぺの一人で……グランプリだと気まずいなと思っていたので、ちょうどいいところに着地できてホッとしました(笑)」

表彰を作った側が表彰される、という構図のユーモアと、「グランプリだと気まずい」という本音のギャップが笑いを誘った。

suiP Frontier Award:片山氏(所属:ピクシーダストテクノロジーズ)

「知見共有としての素晴らしさ」観点の平均点1位であるsuiP Frontier Awardは、「オープンイノベーションを加速する知財ブランディング」として取得した特許をPR活動や産学連携に活用することで企業のブランディングを推進する活動について語った片山氏(所属:ピクシーダストテクノロジーズ)が受賞した。

評価コメントには「産学連携、オープンイノベーションの取り組みの知見共有が勉強になった」「プレスリリースを真似したい」という声が並んだ。

受賞コメントで片山氏がやったことは予想外だった。喜びのコメントをひと言述べたあと、アンファー社との共同開発品「ソノリプロ」の20%オフクーポン(4月限定)の宣伝を始めたのだ。

会場は笑いとともに盛り上がった。「スタートアップらしい」という声があちこちから聞こえた。受賞の場をしっかりPRの機会に転換する——発表で語っていた「特許を賞に繋げてPRに活かす」思想を、受賞コメントその場で体現してみせたわけだ。

suiP Best Award:羽矢崎氏(所属:ディープテック系スタートアップ)

そして、総合点1位であるsuiP Best Awardは、「知財業務における生成AI活用の実装事例と運用設計」として、生成AI活用の心意気について語った羽矢崎氏(所属:ディープテック系スタートアップ)が受賞した。

評価コメントには「ぶっ壊れた発表有難うございました!」とあり、彼の不可思議な発表を理解できた人は会場に恐らく少なかったのではないかと思うが、彼の語る熱い心意気と勢いで受賞をもぎとった、ある意味ではスタートアップらしさを体現した受賞であった。

まとめ:知財は「現場」で起きている

この日、特許件数を誇るプレゼンは一社もなかった。「広い権利が取れました」という発表もなかった。

あったのは——

  • 開発者から発明を「喝上げ」する泥臭いヒアリング
  • 全Slackチャンネルに潜り込んで情報を取りに行く執念
  • Geminiに補正案をチェックさせる即興のDX
  • 学会で業界全体に知財を刷り込む長期的な布石

それぞれが、前例のなどないゼロベースからという現実の中で、担当者が自分の頭で考えて動いた結果だ。

今回会の終了後、運営の澤井さん(アルト特許事務所 / 株式会社アルトIPコンサルティング )にお話しを聞くことができた。

「スタートアップ知財の話を聞く際は、輝かしい話を聞くことが多いと思うが、今回のように担当者の泥臭い活動や思いを外部に発信する機会は今までなかったと思う。開催できて本当によかった。」

suiPというコミュニティは、集まっているだけでなく、そういう「本音の取り組み」を共有する場として機能してきた。そしてsuiP Awardsは、その取り組みに会場全体で「最高だ」と票を投じる場だった。

最後は受賞者と登壇者全員での記念撮影で幕を閉じた。

suiP Awards 2027が今から楽しみだ。

取材日:2026年4月27日(月)/場所:東京都墨田区

suiP(スタートアップ知財インハウスコミュニティ)の詳細は公式サイトを参照。

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