特許審査官に昇任するまで~乗り越えなければいけない法定研修~

目次

はじめに

こんにちは、ツバサクといいます。前職は経済産業省特許庁で特許審査官をしていました。現在は、そんな前職の経験などを基に、なるべく堅くなり過ぎず、少しおもしろおかしく、けれどおふざけになり過ぎないトーンで、Xにちょこちょこと投稿させていただいています。

もしかしたら、本記事をご覧いただいている方の中にも、「ツバサクの投稿を見たことがあるよ」という方がいらっしゃるかもしれません。この場をお借りして、心より御礼を申し上げます。そして今回、私の前職にまつわるサムシングをぜひ書いてほしいとお声がけくださったLeXi/Vent上村様にも、深く感謝申し上げたいと思います。

さて、とは言ったものの、特許庁にまつわるサムシングと一口に言っても、なかなか難しいものです。いきなり知財の話を深く掘り下げ、例えば法律的観点から特許・実用新案法を語り出したところで、多くの方にとってはポカーンな話になってしまうでしょう。

もとより知財とは、かなりニッチな世界です。私自身、経済を回す上で知財は重要な武器の一つだと思ってはいます。ただ、あくまで武器の一つであり、それ自体が表舞台の勇者として活躍するものではない、とも考えています。

では、何を語ろうか…

考えた末に行き着いた答えは、特許審査官になるまでの教育体制についてです。

特許審査官になるまでには、いくつかの段階を踏む必要があります。特に大きいのが、法律で定められた3つの研修、いわゆる法定研修です。

最近Xでも、特許庁での研修について少し振り返ったことがありました。そこで今回は、本記事を読んでくださっている方の中にいらっしゃるかもしれない特許庁志望者の方、あるいは「特許審査官って、どうやって一人前になるの?」と少しでも興味を持ってくださった方に向けて、私なりにご紹介してみたいと思います。

特許庁では、取得学位により審査官見習いである「審査官補」としての期間が変わります。学部卒で4年、修士卒で3年、博士卒で2年です。

その期間中、実案件を通じて審査の腕を磨くことはもちろんですが、それと並行して、法律で定められた3つの法定研修を全て修了する必要があります。

その3つが、こちらです。

  • 審査官補コース研修
  • 審査官コース前期研修
  • 審査官コース後期研修

特許審査官という地位は、法律上も明確に位置づけられています。だからこそ、「何年か働いたから、はい審査官です」とはならず、所定の研修をきちんとクリアしなければならないわけです。

では、1つずつご紹介してまいりましょう。

審査官補コース研修(4~6月)

入庁してすぐに叩き込まれるのが、審査官補コース研修、通称「官補コース研修」です。

当然と思われるかもしれませんが、知財に詳しい学生さんが世の中に大量にいるわけではありません。多くの新入職員は、知財に関する知識がほぼゼロの状態で入庁します。私ももちろんそうでした。

今でも覚えているのですが、採用が決まってすぐ、当時の採用担当の方に「入庁までに何か勉強しておいた方がいいですか?」と聞いたことがあります。そのとき返ってきた答えは、「いや、入庁後にみっちり研修やるから、今は卒業研究にしっかり取り組んでください。」というものでした。そのくらい特許庁は、この官補コース研修のコンテンツに自信を持っているということなのでしょう。

実際、4月に入庁してから6月末までの3ヶ月間、本研修はなかなかのボリュームです。社会人1年目の身には、毎日朝から夕方まで続く研修だけでもかなりヘトヘトになります。

しかも、研修が終わればそれで1日終了、というわけではありません。審査室に戻ると、管理職や指導審査官への研修報告が待っています。「今日はどんなことを学んだの?」と、結構しっかり聞かれます。つまり、研修中に気を抜くわけにはいかないのです。

さらに、本研修ではレポート提出も求められます。私の記憶では、レポート課題が出されるのがちょうど5月のGW前あたりだったため、あまりGW中は遊べなかった気がします(笑)社会人たるもの、提出期限を守るのは絶対です。しかも、きちんと点数評価もされ、60点未満だと不合格になります。とはいえ、レポート課題で落ちた話は聞いたことがありません。基本的には、しっかり取り組めば合格はできるものなのでしょう。ただ、社会人として最初の大きな課題ですから、こちらとしてはどうしても身構えてしまいます。指導審査官に「課題提出前に一応ご確認いただいた方がいいですか?」と聞いたところ、「いや、自分が見ることで点数下がっちゃうかもしれないから」と返されたことを、今でも覚えています(笑)

もちろん、座学だけではありません。モデル案件を使った起案練習も行います。

審査官が構築する拒絶理由の基本中の基本となる特許法29条と36条。この2つについて、拒絶理由通知の起案のやり方をみっちり叩き込まれます。何度も何度も指導教官から真っ赤になった起案が返ってきます。それを合格水準に達するまで、ひたすらアップデートしていくわけです。主引例と副引例をどう結び付けるのか、そのロジックを書き切ることができず、心が折れそうになったこともありました。ただ、それを乗り越えることで、7月から始まる実案件での実践トレーニングにも、ちょっとだけ胸を張って臨めるようになるわけですね。

そして、官補コース研修の最大の山場が「効果確認」です。

これは、所属する審査部の部長、首席審査長、上席審査長…まぁつまり審査部の偉い人達に囲まれながら、様々な質問を受けるコーナーです。もちろん、トリッキーな質問でいじめられるわけではありません。とはいえ、そんな偉い人達に囲まれて質問攻めにあったら、基本的な質問であったとしても、そりゃあしどろもどろにもなります。効果確認のための過去問集のようなものも出回っており、その模範解答を必死に頭に叩き込んだものです。

この4月頭から6月末までの3ヶ月間に及ぶ研修を無事に修了できれば、晴れて7月から実案件を通じて審査の腕を磨いていくことになります。

審査官コース前期研修(8~10月)

3つの法定研修の中で、審査官補にとって最大の山場になるのが、審査官コース前期研修、通称「前期研修」です。

4年昇任または3年昇任の審査官補は2年目の夏頃、2年昇任の審査官補は1年目の夏頃に受講します。これは、とにかく恐怖の研修です。正直に言うと、不合格になる審査官補も毎年一定数います。

では、なぜ不合格者が一定数現れるのでしょうか?その理由は、ほぼ毎週実施される筆記試験にあります。

前期研修では、

  • 特許・実用新案法
  • 意匠法
  • 商標法
  • 条約①
  • 条約②
  • 審査実務①
  • 審査実務②

の計7科目につき筆記試験が課されます。

とりわけ特許・実用新案法と商標法は、毎年のように不合格者や追試対象者を生み出す鬼門として知られています。合格点は60点以上、50点未満の場合は一発不合格となります。50点以上59点以の場合には、追試というセカンドチャンスが与えられますが、追試が認められるのは1科目までです。つまり、50点以上59点以下の科目が2科目以上あった場合も、不合格決定となってしまうわけです。

もちろん、特許庁の特許審査官は全員この法定研修を潜り抜けています。ですから、最終的にはほとんどの審査官補が前期研修を修了しているということです。ただ、研修受講前の周囲からのプレッシャーが半端ではありません。「マジでちゃんと勉強したほうがいいよ」と先輩方から何度言われたことか…喉元過ぎれば熱さ忘れる、ではありませんが、終わってしまえば「まぁ何とかなったな」と思えるものかもしれません。しかし、受講前の審査官補にとっては、「落ちたらどうしよう」と気が気ではないわけです。

所属審査室の管理職としても、自室の審査官補が不合格になることは避けたいようで、「頼むから勉強してくれ」という空気がそこはかとなく漂います。しかし、その頃には実案件を用いたOJTも始まっています。審査処理目標も課されています。前期研修の勉強にリソースを全振りできるわけではありません。審査官補にはなかなか厳しいリソース配分が求められるのです。

そして、この前期研修で何が一番よくないか。

個人的に思うのは、結果発表のやり方です。

研修自体は、たしか10月下旬頃には終わったと記憶しています。そこから1ヶ月ほどして、まず追試対象かどうかが発表されます。追試対象であれば呼び出されます。追試対象でなければスルーです。普通なら、ここで「呼び出されなかった、よかった」と安心したくなるところです。しかし、安心してはいけません。追試対象ではない、ということは、必ずしも修了確定を意味しないからです。1科目以上が50点未満、または2科目以上が50点以上59点以下で、追試すらなく一発不合格の可能性も残されています。

そして、追試対象発表からさらに数週間後、管理職から呼び出され、最終的な合格発表が行われます。

今でも忘れられません。当時の管理職が、若干厳しめな顔で私を呼びつけ、一瞬だけ沈黙を作ってから、「ツバサク君は合格でした」と言ってきたことを。本当に人が悪いです。

この前期研修を無事に修了すれば、そこからしばらくの間、審査官補はOJTに集中できます。29条や36条だけではなく、様々な条文の拒絶理由や、最後の拒絶理由通知、前置審査など、審査の走り出しではなかなか経験できないパターンも、可能な限り経験しておくことが求められます。

審査官コース後期研修(1~2月)

さぁ最後は、審査官コース後期研修、通称「後期研修」です。

ここまで読んでくださった方は、前期研修の次に一体どんな恐ろしい研修が待ち構えているのかと思ってくださるかもしれません。そんな期待を裏切るようで大変申し訳ないのですが、実は後期研修はかなり穏やかな研修だったりします(笑)

後期研修は、審査官昇任直前の第4四半期に実施されます。内容は、座学や討議が中心です。淡々とこなしていく色合いが強く、出席していれば基本的に不合格になることはありません。

では、後期研修は全く怖くないのかというと、そうとも言い切れません。

後期研修については、研修そのものよりも、そもそも受講要件を満たせるかどうかが、審査官補にとってのハードルだったりします。どういうことかというと、審査官昇任直前の集大成の時期であるため、その頃にはある程度、実案件を回せていることが求められます。審査処理目標を全く満たせていないような状況だと、後期研修の受講推薦を受けられない可能性があるのです。当然、後期研修も法定研修です。研修を受けられないということは、そのまま昇任見送り、いわば留年状態になってしまいます。とはいえ、後期研修の推薦を受けられないケースは、私はほぼ聞いたことがありません。過度な心配は不要だと思います。それでも、審査官補本人からすれば、不安なものは不安ですよね。

そして、審査官へ

さて、つらつらと書いてまいりました。

審査官補は、これら3つの法定研修を修了し、さらに実務上もある程度一本立ちできていることが示されて、無事に審査官昇任となります。審査官に昇任すると、各種書類には審査官名には自分の名前が刻まれるようになります。特に、自分の名前で出す初めての特許査定というのは、誰しもが緊張するものですし、かなり思い出深いものになります。

「ツバサクの初特許査定は何だい?」と思っていただけましたか。

すみません、内緒です(笑)

ここまで読んでくださった皆様、誠にありがとうございました。取り立てて文才があるわけでもなく、読みにくい部分もあったかもしれませんが、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

特許審査官という仕事は、外から見るとなかなか実態が見えにくい仕事だと思います。ただ、その裏側には、入庁直後からの濃密な研修、実案件でのOJT、そしてプレッシャーに満ちた試験や確認の場があります。一人の審査官が、自分の名前で審査結果を世の中に出せるようになるまでには、それなりに長く、それなりに濃い道のりがあるのです。

本記事が、特許庁を志望されている方や、特許審査官という仕事に少しでも興味を持ってくださった方にとって、何かしらの参考になれば嬉しく思います。

最後に宣伝のようになって恐縮ですが、以下に私のXアカウントや、研修に関するポストをご紹介します。ご興味あれば、ぜひお立ち寄りください。

ツバサク

特許審査官としてのキャリアを経て、現在は専門サービス業に従事。技術・知財に関する知見を活かし、幅広いクライアント業務に関わる。国家公務員採用Ⅰ種試験首席合格、システム監査技術者、弁理士試験合格(未登録)。

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