生成AIは弁理士の「書く仕事」をどこまで代替するのか─「特許の鉄人」で見えた実力と限界~個人の達人技か、組織の標準化か

請求項1の方針を5分ほどでまとめ、図面や先行技術の資料とともに生成AIへ入力する。数分後、画面には15件ほどのクレーム案が並んでいた。

初見の発明を制限時間内にクレーム(特許請求の範囲)へ落とし込むイベント「特許の鉄人」。その舞台で生成AIを使ったのが、プロフィック特許事務所の代表弁理士・谷和紘さんだ。AIは弁理士の仕事をどこまで代替できるのか。実戦で見えてきたのは、単純な「人間対AI」ではなく、文章化を担うAIと、発明の本質を見極める人間との、新たな役割分担だった。バトルの手応えから、組織へのAI導入論まで、話を聞いた。

目次

「生成AI対人間バトル」として開かれた今回の鉄人

「特許の鉄人」は、2人の弁理士がその日初めて目にする発明について、明細書のなかでも最も重要なクレームを制限時間内に作成し、優劣を競う知財塾主催のイベントだ。詳しいルールや当日の熱気は公式の開催レポートに譲るが、今回の回がこれまでと違うのは、その看板に最初から生成AIが掲げられていた点にある。

特許の鉄人2026 with すごい知財EXPO 特設ページはこちら

2026年6月19日に開かれた今回の正式名称は、「特許の鉄人2026 with すごい知財EXPO ~生成AI対人間バトル~」。谷さんは日用品をお題とする対戦に、生成AIを使う側の選手として登壇した。「AIは弁理士の書く仕事をどこまで担えるのか」という問いが、イベントの設計そのものに組み込まれていたわけだ。

その設計思想は、お題の渡し方にも表れていた。谷さんが明かす。

谷さん

説明の資料には詳しい説明をしてないんですよ。多分それを書いちゃうと、アッピア(appia-engine)に読ませた瞬間にできちゃうから、わざと絵だけにしてるんですよ。

ここで言う「アッピア」とは、谷さんが使った appia-engine(アッピアエンジン) のこと。Smart-IP社が提供する、生成AI連携を備えたクラウド型のドラフティング支援ツールで、今回の鉄人にもサービス提供協力として関わっている。

詳しい説明文をそのまま読ませれば、AIだけでクレーム案を生成できてしまう。だからこそ出題側は、発明の詳細を文章に落とさず、図面と先行技術の資料だけを渡し、人間が現物を観察して発明のポイントを切り出す余地を残した。AIへの丸投げを防ぎ、人間の分析力も問う狙いがあったと、谷さんはみる。

appia-engineとは

本文に何度も登場するappia-engineについて、先に製品の概要を整理しておく。

appia-engine 詳細はこちら

appia-engineは、Smart-IP株式会社が提供する、明細書作成・中間対応業務に特化したクラウド型のドラフティング支援ツール(スマートドラフティングシステム)である。主な機能は次のとおり。

  • 作成支援:請求項・実施例の入力用UIや書誌事項欄、請求項からクレームの関係性を示すクレームツリーを自動生成する機能、過去案件のひな形再利用、符号のずれ・表記ゆれ・先行詞の有無などをチェックする校正機能。
  • 生成AI連携:特許請求の範囲、発明の概要、発明の詳細な説明の文書をAIで生成する機能。2024年9月にChatGPT連携を開始。Azure OpenAI Serviceを利用しており、入力データが再学習に使われないと説明されている。
  • 案件管理:ダッシュボードでのステータス管理、ガントチャートによる出願・納品期限の可視化、案件ごとの資料保存、同一組織のメンバーへの案件シェアとコメント。

セキュリティ面では、情報管理に関する国際規格ISO27001(ISMS認証)を取得し、データはGCPに保存され、外部からアクセスされることはないとされる。今回の「特許の鉄人2026」では、サービス提供協力として参加している。(製品情報はSmart-IP社の公開情報に基づく。仕様や提供条件は変更される場合があるため、最新情報は公式サイトを参照のこと。)

実戦と検証で見えた、生成AIの「実力」

では実際に、生成AIはどう動いたのか。手順は速い。構造そのものは見ればおおよそ把握できるため、谷さんは請求項1の方針を5分ほどで書き上げ、図面・先行技術の資料とセットで投入した。3〜5分の処理を待つと、15個ほどのクレームが出力された。

谷さん

しょうもないやつもありますよ、この部材は樹脂でもいいとか。そんなんは消しましたけど、それでもそこそこのクレームは10近くあったんで。

価値の薄い従属項を削っても、10個近くが残る。残りの時間は細部の調整にあてた。肝心の中身について、谷さんはこう評価する。

谷さん

少なくともクレームを見る限りは、えっ、意外とやるやんっていう。従属項も、メインクレームも結構しっかり書いてましたからね。

自分の好みに合わない部分はあったが、25分という制約のなかで全部を直す必要はない。谷さんが「十分に使える」と評価する水準には達していた。

セミナー検証─「完璧に負けた」の中身

この手応えは、事前の検証でも裏づけられていた。谷さんは、明細書の書き方をテーマにしたセミナーの準備として、実務修習や育成塾で使った課題のクレーム・図面・説明資料を生成AI(谷さんの場合はClaude)に入力し、実施形態を書かせてみた。返ってきた結果を自分の手書きと見比べると、手書きの10000文字に対し、AIの出力は1万5000文字だった。

谷さん

文字数ではもう完璧に負けてるんですよ。もちろん直さなあかんところはあるけど、パッと見たら結構書けてるんですよ。

もちろん、文字数だけで品質の優劣は決められない。それでも、修正を要する箇所はありつつ、実施形態の展開量や記述の充実度は、谷さんが予想していた水準を大きく上回った。「書く」「膨らませる」という作業において、生成AIがすでに無視できない戦力であることは確かだ。

出力の質を決めるのは「入力」──残るのは発明を切り出す力

ここで谷さんが繰り返し強調したのが、生成AIの出力の質は、人間がどんな入力を与えるかでほぼ決まる、という点だ。

練習段階では、あえて自分のメモを付けず、資料だけを入力する実験もした。出てくるのは「それっぽいもの」だが、専門家による検討が十分でない、短く大ぶりな機能クレームにとどまり、もうひと工夫が要る出力だった。これはClaudeでもappia-engineでも同じ傾向だったという。一方、構成要件を言語化して渡すと、出力は一変する。

谷さん

ちゃんと構成要件を認めて、これとこれとこれがあってこういう動作をして、とちゃちゃっと入れると、もうほぼクレームが出来上がる。だから入力の精度で全然変わる。

ベテランなら発明の要旨を軽く言語化してから渡し、経験の浅い担当者なら雑多なメモから構成案を提案させる。いずれにせよ、何をどう切り出して渡すかが、出力を左右する。

谷さん

ポイント抽出の作業とか、どこが発明かっていうのを切り出すのは、まだ人間側の仕事。

谷さんの整理はこうだ。文章を書くスキルそのものの重要性は下がった。そこは生成AIで速くこなせる。その代わり、何を発明として捉え、どの範囲で権利化するかという判断や戦略は、まだ人間に残されている。新しい生成AIにも触れつつ、谷さんはその境界をこう見立てる。

谷さん

相違点を能動的に探して発明として切ってくれるか。ビジネス的観点で、どういう観点がおいしいかを考えられるようになったら、もう人間要らないかも。ただ、僕のAIではそういうのはさすがにまだできてない。

聞き手の側からも、特許分析でAIを使ってきた経験として、インサイトや戦略示唆を出すレベルは上がってきたが、組織の内情や細かな意図の汲み取りは、結局こちらが渡す情報に左右される、という実感が共有された。着想・専門性・戦略という弁理士の核は、まだ当面、人間の仕事として残りそうだ。

ただし谷さんは、不安も率直に口にした。いま残っている領域も、時間とともにAIに置き換わっていくだろう。それが「あと20年、25年」という自分のキャリアにどう響くか、そこは気がかりだ、と。

個人の達人技か、組織の標準化か

もう一つの論点は、生成AIを「組織」としてどう運用するかだ。谷さんのように自分専用のツールを作り込める人ばかりではない。事務所や企業知財部という単位で標準化しようとすると、汎用ツールと専用ツールの性格の違いが効いてくる。

谷さんは、ある程度の規模の組織が汎用ツールを導入する場合、作り込みの負担が大きいと指摘する。達人が自分用に最適化した設定は、他の人には使いにくい。そこで、誰が使っても一定の品質に着地する、手順の決まった専用ツールに価値が出る。

仮に10人の部下を率いるなら、と問うと、谷さんは「自分のClaudeのスキルを使わせて、あとは各自にカスタマイズさせる」と答えつつ、現実にはクライアントの承諾という壁があると付け加えた。ここで専用ツールの利点が出る。appia-engineのような専用ツールを使えば、生成AI利用についてのクライアントへの説明や承諾の手続きを標準化しやすく、社内への展開がスムーズになるという。

聞き手の側からは、企業知財には知財やAI活用への習熟度が異なる人がいて、調整の手間を抑えられる専用ツールが現場に合いやすい、という見方も出た。谷さん自身の働き方は、長年の専門性の上に「どのスキルをいつ使うか」という判断を重ねる、コストの高い達人技だ。それを前提にできない現場では、手順の標準化と定着のしやすさそのものが価値になる。

もっとも谷さん個人は、専用ツールではなく汎用ツールを選んでいる。月数万円のコストでClaudeを明細書以外の業務にも使え、自分用に育てているぶん使い勝手もよい、というのがその理由だ。「個人の達人技」と「組織の標準化」という二つの最適解は、当面、併存していく。

おわりに

「特許の鉄人」という極限の舞台で、生成AIは「意外とやるやん」と言わせるクレームを書いた。事前の検証でも、実施形態の記述量は谷さんの予想を上回った。文章を書く力という意味では、AIはすでに実務の戦力だ。

だが、その出力の質は、何を発明として切り出し、どんな構成要件を与えるかという、人間の入力の精度に左右されていた。

書く力の価値が下がり、発明を見極める力と戦略へ。弁理士の価値の重心は、確実に移りつつある。「人間対AI」ではなく、AIと人間の役割分担。その現在地を、今回の「特許の鉄人」は鮮明に映し出していた。

上村 侑太郎

株式会社LeXi/Vent 代表取締役

化学メーカーでマテリアルズ・インフォマティクスなど機械学習の研究開発に従事後、知的財産部で特許情報分析(IPランドスケープ)を従事。その後現職では、IPランドスケープ専任で知的財産戦略、テクノロジーインテリジェンス、知財人材教育に関する業務を行なっている。同時に副業で個人事業「LeXi/Vent」を設立し、士業・コンサルタントのブランディング支援を行いながら、「知財若手の会」コミュニティを運営。

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