「ドイツへ」—欧州弁理士・長谷川寛氏が語った、実務の罠とキャリアの本質

2026年4月22日、知財若手の会と株式会社LeXi/Vent(GrIP)の共催で、欧州・ドイツ・日本の三資格を持つ弁理士、長谷川寛氏をお招きしたセミナーを開催しました。タイトルは「欧州特許実務の罠の避け方と専門性を武器にするキャリア形成」。司会として90分を一緒に過ごして、正直に言うと、聞き手のつもりで臨んだのに、自分自身のキャリア観まで揺さぶられた回でした。

目次

第一部:知らないと損する、欧州実務の「罠」

PCTで欧州移行するとき、補正は後回しでいい理由

欧州特許庁(EPO)の手続きで最初に驚くのが「ページ費用」の存在です。移行と同時に明細書を英文で補正してしまうと、英語のページ数でカウントされ費用が跳ね上がります。補正しなければ日本語原文のページ数のまま。長谷川氏は「誤記の修正ですら、OA(オフィスアクション)対応時でいい」と言い切っていました。

「急いで補正したくなる気持ちはわかるんですけどね」と笑いながら話してくれたのが印象的でした。実務の現場には、丁寧にやろうとするほどコストが増えるという逆説があります。

ISR(国際調査報告)を受けて、移行時にクレームを補正することも推奨しないといいます。EPOはISRをあまり参照しないケースがある上、補正によって「シフト補正」の制限に引っかかると、後から直すのがきわめて難しくなります。

分割出願は「早ければ早いほどいい」

欧州には出願維持年金という制度があり、3年目から発生します。分割出願の年金は親出願の出願日を起点にカウントされるため、分割が遅れるほど遡及して高額の年金を払うことになります。「必要だとわかったら、迷わず早期に動いてください」——これは知らずに先延ばしにしてしまう担当者が多いという、現場の声です。

クレームに「効果」を書いてはいけない

「クレームに発明の効果を書くのは避けるべき」という話には、実務担当者から驚きの声が上がっていました。効果が達成されない場合に実施可能性要件違反となり、これは進歩性の拒絶より解消が難しいためです。どうしても書きたいなら、定性表現ではなく数値で特定することが対策になります。

また、2026年4月1日発効の最新ガイドラインでは、「薄い」「広い」「強い」といった相対的な表現への審査がより厳格化されています。日本の実務感覚で書いたドラフトが欧州では通らない、典型的なパターンです。

第二部:「ドイツへ」——キャリアの正直な話

長谷川氏がドイツへ渡ったきっかけを聞かれたとき、「逃げるようにドイツへ行った」という言葉が出ました。サブプライムローン問題後の不況で日本での転職に限界を感じ、当時持っていたドイツ語能力を頼りにドイツの特許事務所に飛び込んだといいます。格好いい決断というより、半ば追い詰められた選択だったと。

その正直さが、場の空気を変えました。

「誠実さ」を叩き込まれた新人時代

最初の事務所での上司は非常に厳しく、「ビジネスマンとしての基礎と、仕事への誠実さを徹底的に叩き込まれた」と振り返っていました。その経験が今の自分の土台になっていると、言葉を選ばずに話してくれました。

自分の顧客を持つことの意味

ドイツで欧州弁理士資格を取得し、裁量が増えていく中で、長谷川氏はマーケティングに力を入れ始めました。「自分の顧客を持つ」という感覚が、組織内のキャリアとは違う自律性をもたらしたといいます。2022年の独立は、パートナー昇進という別の選択肢もありながら、「自分の力で試したい」という確信から踏み切ったそうです。

5つの教訓—要約より、文脈

長谷川氏が語った5つの教訓(継続的に学ぶ、ギバーである、自分で考え決定し行動する、誠実である、楽しむ)は、箇条書きにすると陳腐に見えます。でも文脈の中で聞くと重みが違いました。

特に「楽しむ」については、「仕事を心から楽しんでいる人には勝てない」という言い方をされていました。努力や能力の話ではなく、姿勢の話として。

Q&Aで出た一問:「AIで弁理士の仕事はなくなるか?」

この質問に対する答えが、個人的に一番刺さりました。

「AIはあくまでツール。クライアントが人間である以上、相手の悩みや利害に寄り添える”人間としての弁理士”の価値は残り続ける。アキンド(商人)の精神があれば」

技術論でも楽観論でもなく、「人と向き合う商人としての覚悟があるか」という問いに変換されていました。

司会を終えて

90分を終えて、長谷川氏が伝えたかったのは「欧州実務のコツ」だけではなかったと感じています。知識の話と、キャリアの話と、人として働くことの話が、一本の線でつながっていました。

「専門性を武器にする」とは、資格を持つことではなく、自分で考えて動き続ける姿勢のことだったと思います。

次回イベントのご案内

日時:2026年6月13日

若手で語り合うライトニングトーク(1人15分×6名予定)。

テーマは自由。興味あることや学んだことを持ち寄る形式です。詳細は追ってご案内します。

最新情報はこちら

主催:知財若手の会 × 株式会社LeXi/Vent(GrIP)

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