本記事は「弁理士の日記念ブログ企画2026」(テーマ:知財業界と専門分野)への参加記事である。
企画ページ:https://benrishikoza.com/blog/benrishinohi2026/
専門性を「広げる」
7月1日、弁理士の日。毎年この日になると、知財系のブロガーが申し合わせたように同じテーマで一斉に記事を書く。十七回目を迎える今年のテーマは「知財業界と専門分野」だという。
「あなたの専門分野は何ですか」。そう問われて、すっと一言で答えられる人を、私は少し羨ましく思う。
私はといえば、いつも口ごもる。特許情報分析です、と言いかけて、語尾が濁る。確かにそれは私の仕事の中心だ。けれど、そう名乗った先から、ではあのイベントは、あの登壇は、あの執筆は何だったのかと、自分の中で収まりが悪くなる。
実際、私はわりと色んなことをやっている。「すごい知財EXPO」では二〇二四年・二〇二五年とマーケティング全般を回し、二〇二六年はPMを引き受けた。知財若手の会(GrIP)では、百人規模のイベントを何度か形にしてきた。どれも特許情報分析という看板の外にはみ出していて、けれど確かに私の時間の大半を食っている。専門を語り出すとキリがなく、結局「特許情報分析です、ただし……」という、歯切れの悪い自己紹介に落ち着く。
長らく、この歯切れの悪さを、どこか後ろめたく感じていた。一つに絞れない、腰が定まらない、器用貧乏——そう言われそうな気がして。
けれど最近は、少し考えが変わってきた。
きっかけは、生成AIである。少し前まで、ある分野に詳しいというだけで、それは立派な参入障壁だった。ところが今は、Deep Researchに問いを投げれば、素人でも短い時間で玄人の入口に立ててしまう。浅く広い知識の希少価値は、目に見えて下がった。一本きりの細い専門の柱は、思っていたより脆い。そう感じる場面が増えた。
GrIPで押谷昌宗氏(弁理士法人IPX)が、T型人材からπ型人材へ、という話を書いていた〔ブログ〕。一本の縦棒で立つT型から、二本の縦棒で立つπ型へ。専門を一つではなく複数持ち、その掛け算で価値を出す、という考え方だ。読んだとき、妙に腑に落ちた。私がやってきた「あれもこれも」は、迷走ではなく、二本目・三本目の柱を立てる作業だったのかもしれない、と。
そして、ここからが今日いちばん書きたかったことだ。
専門性には、二つの伸ばし方があると思う。一つは、一本の柱をどこまでも深く掘り下げて「高める」やり方。もう一つは、柱の本数を増やして「広げる」やり方。どちらが優れているという話ではない。ただ、私が選びたいのは、はっきり後者だ。私は専門性を高めるより、広げていきたい。
不思議なもので、これは知財の発想とそっくりだ。特許も、一件の強い権利に賭ける戦い方と、ポートフォリオとして束で持ちリスクを散らす戦い方がある。私は自分の専門性も、ポートフォリオのように持ちたいのだと思う。特許情報分析という縦棒を軸にしつつ、生成AI、イベント企画、文章を書くこと——掛け合わせられそうな柱を、これからも増やしていきたい。
幸い、二本目の柱を立てるコストは、昔よりずっと下がっている。皮肉なことに、専門性を脅かしたはずの生成AIが、新しい専門性を最短で育ててくれる相棒にもなった。だったら、その追い風に乗らない手はない。
では、広げるために具体的に何をしているのか。改まって書くほど大層なことはなく、どれも地味で当たり前のことばかりだ。けれど、当たり前を続けるのは案外むずかしい。
まず、物事が起こる場に身を置くこと。機会は、待っていても向こうからはやって来ない。だから私は、面白そうなイベントにはとにかく足を運ぶ。新しい柱の種は、たいてい人と人の間に落ちている。
次に、勉強すること。これは当たり前すぎて書くのが気恥ずかしいが、ただ漫然とではなく、目的のために勉強する、というところに少しだけこだわっている。何のためにこれを学ぶのか——その問いを手放さないだけで、同じ時間でも積み上がり方がまるで違う。
そして、やりたいこと、関わりたいことを紙に書くこと。頭の中でぼんやり思っているだけでは、欲求は形を持たない。言葉にして書き出した瞬間に、それは初めて「目指せるもの」に変わる。言語化とは、自分の専門性の設計図を引く作業なのだと思っている。
書いたら、今度は人に話す。やりたいこと、これから高めたい専門性を、口に出して宣言してしまう。語ってしまえば、もう後には引きにくい。それに、声に出した願いは、不思議と誰かが拾ってくれる。「そういえば、こんな話があるよ」と。
おわりに
最後に、人を大切にすること。結局のところ、機会も、学びも、宣言も、すべては人を介してやって来る。専門性を広げるとは、突き詰めれば、関わる人を増やし、その一人ひとりを大切にすることなのかもしれない。
「あなたの専門分野は何ですか」。
この問いに、私はこれからも一言では答えられないだろう。けれど、もう後ろめたくはない。広げ続けること自体が、私の選んだ専門性のかたちなのだと、今は思っている。

株式会社LeXi/Vent 代表取締役
化学メーカーでマテリアルズ・インフォマティクスなど機械学習の研究開発に従事後、知的財産部で特許情報分析(IPランドスケープ)を従事。その後現職では、IPランドスケープ専任で知的財産戦略、テクノロジーインテリジェンス、知財人材教育に関する業務を行なっている。同時に副業で個人事業「LeXi/Vent」を設立し、士業・コンサルタントのブランディング支援を行いながら、「知財若手の会」コミュニティを運営。




コメント