研究開発に寄り添う知財人材を目指して新規事業のR&Dの傍らで重ねてきた試行錯誤を通して考えてきたこと 書籍 『図解 研究開発のための知財戦略』 出版に寄せて

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はじめに──なぜ今、この本を書いたのか

2026年2月に 『図解 研究開発のための知財戦略 ― 技術を競争力に変える特許のしくみ ― 』(中央経済社)を出版することになりました。

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「知財戦略」 という言葉は、これまでも多く語られてきました。ただ、研究開発の現場に本当に寄り添う形で、その意味や役割が共有されているかというと、まだ十分とは言えないのではないかと感じています。

私はこれまで、出光興産の知的財産部門での実務、EV向け次世代リチウムイオン電池材料、とくに全固体電池材料の研究開発に伴走する知財活動、新規事業の事業部での知財戦略、そして現在は唯一の国産建設用3Dプリンタを手がけるPolyuseでの事業開発・知財戦略に携わってきました。

立場は変わりましたが、繰り返し考えてきたことがあります。

特許は取得すること自体が目的ではなく、本来事業を前に進めるための手段ではないか。

知財は成果物というよりも、研究開発のプロセスと切り離せない存在ではないか。

本書で、知財戦略は 「事業戦略を共通のミッションに置き、研究開発と一体で捉えるべき」 と綴ったのは、こうした経験と葛藤の積み重ねからでした。

この記事では、その背景を振り返ってみたいと思います。

原点は 「境界に立ちたい」 という感覚でした

私は筑波大学で物性分子工学を専攻しました。学生時代から、一つの専門を深く掘り下げることと同時に、異なる領域のあいだに立つことに関心がありました。

材料と電気化学、基礎研究と社会実装。どちらか一方ではなく、その接点に何があるのかを考えることが面白いと感じていました。

知財という職種を選んだのも、その延長だったのだと思います。知財は技術と事業のあいだに位置し、それぞれの論理を理解しながらつなぐ仕事です。

出光興産を選んだ理由の一つは、エネルギーという社会基盤を支えながら、次世代テーマにも取り組んでいた点でした。既存事業の厚みと、新規事業への挑戦。その両立に魅力を感じました。

研究所に常駐して見えたこと

入社後、新規事業テーマを担当し、研究所に常駐する機会をいただきました。全固体リチウムイオン電池材料に関する研究開発に、知財担当として関わりました。

研究所での議論は、出願の可否だけで完結するものではありませんでした。実験データの再現性、材料の安定性、量産時のコスト、海外競合の動向など、さまざまな論点が一体的に動きます。

特許の権利範囲をどう設計するかという議論ひとつ取っても、その技術が将来どの市場で使われるのか、どの事業ドメインに位置付けられるのかと切り離せませんでした。

当初は、目の前のとにかく出願業務をこなすことで精一杯ではありましたが、次第に 「知財は研究開発の成果を後追いするだけではなく、将来に向けた方向性を整理する機能でもあるのではないか」 と感じるようになりました。

本書で 「知財戦略は研究開発とビジネスモデルをつなぐ要である」 と書いた背景には、この経験があります。

事業部での葛藤

その後、リチウム電池材料事業部が新設され、私はそちらに異動して事業部内で知財戦略を担う立場になりました。

研究所テーマとしての取扱いとは違い、売上や顧客対応等がより前面に出てきました。開発リソースにも限りがあります。その中で、中長期的な出願戦略をどう位置づけるかを考える必要がありました。

将来を見据えれば押さえておきたい技術領域がある。一方で、足元の事業課題への対応も欠かせない。

言うなれば、「正しい知財対応」 と 「今優先すべき知財活動」 が必ずしも一致しないことを実感しました。

本書で整理した 「攻めと守り」 という視点は、この葛藤から生まれたものです。守りとしての差別化技術の保護と、攻めとしての将来オプションの確保、その両方を同時に設計し、敢えて言葉に出してオペレーションする必要があると感じました。

また、個々の特許だけを見るのではなく、ポートフォリオ全体としてどのポジションを取るのかという 「個と群」 の視点も、この時期に強く意識するようになりました。

一人法人の経験

出光での7年間は、本当に充実していました。けれども、心のどこかに違和感がありました。

知財はどうしても間接機能です。

どれだけ頑張っても、プロダクトそのものを直接つくるわけではなく、逆にそれが健全だとも思います。

その一方で、新卒から知財をやり続けている私は、本当に事業の痛みや重みを理解しているのだろうか・・・

この悩みも抱えていたのが正直なところです。

この問いこそが、副業として 「株式会社知財の楽校」 を立ち上げるきっかけになりました。

小さくてもいいから、自分で企画し、売り、顧客と向き合い、数字を管理する。

そうして初めて、事業のリアリティがわかるのではないか。

結果として、この経験は私の視野を大きく広げました。

ビジネスモデルを言語化することの難しさ。

価値を届ける責任。

信用を積み上げる時間。

本書で繰り返し書いた 「ビジネスモデルのスキームを言語化しなければ、知財は後追いになる」 という一文は、曲がりなりにも自分で事業を回してみたからこそ腹落ちした言葉です。

スタートアップでの実務

現在関わっているPolyuseでは、建設用3Dプリンティングという新しい施工手法の普及に挑戦しています。

私が参画した当時、コーポレートの正社員は私一人でした。

新しい顧客との契約、新技術の特許出願、共同研究の条件設計、補助金の申請と管理、採用広報など、仕組みも制度も、拠り所になる自分の経験すらも圧倒的に足りていないなかで、取り組むべき課題は毎日のように降ってきました。

しかし、建設業界というレガシーな産業で、深刻化する人手不足やインフラ老朽化という社会課題を真正面から引き受け、Hardware/Software/Material/Processをすべて内製して挑んでいる事業・研究開発のメンバーを前に、泣き言なんて言っていられないなと思いました。

R&D、知財、法務、広報といった機能別に境界を設けるのではなく、

「この課題を解くために、どの機能をどう組み合わせるか」 という Problem–Solution Fit(PSF)の発想は、

本書の随所に流れている基本スタンスでもあります。

時間軸という視点

Polyuseで仕事をしていると、技術の進歩の速さに驚かされます。

Hardwareが進化すれば、Softwareも変わる。

Materialが変われば、Processも再設計される。

その中で、知財は何をするのか。

このスピードに付いていけないと、すぐにふるい落とされてしまいそうです。

本書の中心メッセージである 「知財活動は研究開発の過程そのものである」 という言葉は、ありがたくも研究開発ロードマップの策定に伴走しながら、技術者と同じ目線で議論させてもらえたからこそ出てきたものです。

未来から逆算するバックキャストと、現在から積み上げるフォアキャスト、この往復の中で知財活動の意味を考える。

本書で 「時間軸」 に関する切り口を設けたのは、その思考プロセスを共有したかったからです。

「共有知識」を育てる

ここで、本書の 「おわりに」 で綴った言葉を引用したいと思います。

特許制度や権利形成のスキーム、調査や契約といった知財実務には、確かに専門線が求められます。しかし、それを正しく理解し、研究開発や事業の前進に活かすには、知識だけでは足りません。技術に込められた意図をくみ取り、未来の選択肢を研究開発部門と一緒に描いていくための、対話の姿勢と共通言語が必要です。

だからこそ本書は、「研究開発者にも読める知財の本」 ではなく 「研究開発と知財の間にあるはずの共有知識を育てる本」 として書きました。

(中略)

知財戦略は、技術に込めた未来への想いを、カタチにし、伝え、守り、育て、そしてビジネスの世界で切磋琢磨していくための手段です。そこには、理屈や制度を超えた、”人の意志“が介在します。だからこそ、知財の本質は”戦略“であると同時に”共創のアート“でもあるのだと思います。

本書が、読者の皆さまの現場に寄り添い、チームの対話を促し、新たな一歩を後押しできたなら、著者としてこれ以上の喜びはありません。

改めて読み返してみても、私がこの書籍に込めた想いは、ここに集約されています。

継承ということ

最後に、少し個人的な話をさせてください。

私の人生の軸として、「継承」 という思いがあります。

研究開発も知財活動も、日々の業務に追われていると、その時々の判断の背景が言語化されないまま流れていきます。しかし、その判断の裏には、必ず前提や思考の型があります。

それを整理し、言葉にし、共有できる形にすることは、単なる振り返りではなく、次の挑戦の土台になるものではないかと考えています。

継承というと大げさに聞こえるかもしれませんが、自分が試行錯誤してきたことを少しでも再現可能な形で残すこと。それができれば、次に同じような立場に立つ人が、少しでも早く前に進めるかもしれない。

本書は、その一つの試みです。完成形とはいえませんが、いまの自分なりの集大成といえる整理にはなったものと思います。

おわりに

専門を深めるべきか、横断するべきか。制度やルールで統制すべきか、事業に寄り添うべきか。

私自身、明確な答えを持っているわけではありません。ただ、自分がどういった議論の場に立ちたいのかは、少しずつ見えてきました。

研究開発の議論の中で意味を持つ知財活動でありたい。

事業の方向性と切り離せない知財という存在でありたい。

まだ道半ばです。それでも、試行錯誤の過程を言葉にして残すことには意味があると信じています。

本書やこの記事が、研究開発と知財の専門人材のあいだの対話のきっかけになれば、それ以上の喜びはありません。

書籍の詳細はこちら

玉利 泰成

株式会社知財の楽校 代表取締役社長

知財戦略を軸に、研究開発と事業をつなぐ実務家。現在は、建設用3Dプリンティング技術を手がけるディープテック系スタートアップ、株式会社Polyuseにて、知財・法務を中心に、事業開発やコーポレート機能を横断しながら、技術の社会実装に携わっている。

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